ポストコロナで変わる高等教育、公教育は教育格差をいかに埋めるか

新型コロナウイルス感染症の拡大によりオンライン教育が急速に普及する中、教育は何が変わるのか。ポストコロナにおけるオンライン教育、大学、教育格差の観点から、メディアアーティスト落合陽一氏に話を伺った。

オンライン教育で失う空気感

──新型コロナウイルス感染症拡大の影響で多くの大学でオンライン講義が始まっています。オンラインの難しさはどういった点にあるのでしょうか。

落合陽一

落合陽一

メディアアーティスト、筑波大学准教授
1987年生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。デジタルネイチャー推進戦略研究基盤代表・JST CREST xDiversity プロジェクト研究代表。筑波大学学長補佐、内閣府知的財産戦略ビジョン専門調査会委員、内閣府「ムーンショット型研究開発制度」ビジョナリー会議委員などを歴任。World Technology Award、Prix Ars Electronica、EU より STARTS Prize、Laval Virtual Award を4年連続5回受賞、SXSW Creative Experience ARROW Awards など多数受賞。近著として「デジタルネイチャー(PLANETS)」、「2030年の世界地図帳(SB クリエイティブ)」。「物化する計算機自然と対峙し,質量と映像の間にある憧憬や情念を反芻する」をステートメントに、研究や芸術活動の枠を自由に越境し、探求と表現を継続している。オンラインサロン「落合陽一塾」(https://lounge.dmm.com/detail/48/)主宰。
Photo by 蜷川実花

今、筑波大学の講義はオンラインで行っています。ゼミもオンライン化していますが、一方的に話す部分だけをみればオンラインはやりやすいです。一方、オンラインでの難しさは、学生間の複線を張りにくいことです。例えば、教室では先生が教えている最中に「さっきのあれなんだっけ?」と、隣の学生に聞くことができました。オンラインだと学生同士の横のつながりが切れて、教員と学生のシングルチャンネルになります。

すると3~4倍、学生の理解に時間がかかる感覚があります。少なくとも、チャットを併用しないとオンライン講義は上手くいかないでしょう。

ただ、チャットを併用しても、学生の教え合いは上手くいかないので、リアル講義がもつ複線的な繋がりはオンラインでは作りにくくなっているといえるでしょう。

また、オンラインだと文面や言葉で伝わること以外が伝わらなくなります。例えば、「みんなわかっている顔をしているけれど自分だけわかってない」という感覚が失われます…

(※全文:2362文字 画像:あり)

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