ジェトロの仕事と大学教員を兼任 「海外に目を向ける」若者を増やす
ジェトロでの仕事と並行し、大学で教壇に立つ木村洋一氏は、社会構想大学院大学 実務家教員養成課程で多くの学びを得た。学問的な枠組みに自身の実務経験を位置付け、「学生本位」の授業を心掛けて、海外に目を向ける若者を増やすことを目指している。
養成課程で学んだ
「学生本位」の大切さ
木村 洋一
日本貿易振興機構(ジェトロ)に勤務し、2023年9月からシンガポール事務所長に就いている木村洋一氏は、本業に加えて大学教員も務めている。ジェトロは日本企業の海外展開の支援、外国企業の誘致、日本企業と海外スタートアップのオープンイノベーションの促進、海外市場の調査などを手掛ける政府系機関だ。
木村氏は2020年4月に埼玉大学大学院の非常勤講師に就任し、2022年4月に客員教授となった。当初は大学教員への関心はさほど強くなく、職場の上司から打診されて引き受けたのがきっかけだった。
木村氏はジェトロでの仕事と大学での教育活動と並行し、2022年4月から約半年間、社会構想大学院大学の実務家教員養成課程を受講した。それは、企業人等の実務家が大学教員になるための知識や技能を身に付ける教育プログラムだ。2022年の時点で、すでに大学で教える経験を積んでいた木村氏だったが、実際の授業運営にあたっては試行錯誤を繰り返していた。
「本業でビジネスマンを相手にしたセミナー等の講師は多く経験していましたが、学生相手の授業は全く感じが違いました。例えば、授業で使用する資料作り。本業で作り溜めていた資料はいろいろありましたが、それを学生相手に使うのは難しく、ほとんどの資料は一から作成しました」
木村氏は実務家教員養成課程で得た学びの一つとして、「学生本位を常に基本にすべき」という教えを挙げる。
「養成課程では、学生本位のアプローチを徹底して叩き込まれました。本業で使っている資料を使いまわせば、実務家教員としての体裁を繕うことはできるかもしれません。しかし、それでは独りよがりの授業構成になりかねません。自分の授業展開や資料が学生本位になっているかどうかを、常に自身でチェックしなければならないと教え込まれました」
海外に目を向ける若者を
一人でも増やしていきたい
また、学問的な枠組みの中に自身の実務経験をしっかり位置付けるべきことも、養成課程で得た学びとして大きかったという。
「実務家教員は、当該分野の『実務の実際』『最新の動向』『企業の生声』を知っています。しかし、だからと言って、そうした内容を単に並べるだけでは体系的なものにはなりません。まずは先人の蓄積による学問的な枠組みがどうなっているのかを熟知したうえで、『実務の視点を交えることによって、学生の理解を増進する、学生の一層の関心を喚起する』というスタンスで授業をするように心掛けています」
木村氏は埼玉大学大学院において、実務家教員枠の科目「公共政策と現代企業経営」を担当している。そこでは日本企業が直面する国際経営上の諸課題や、グローバルビジネスの潮流を実務の視点を交えて解説・考察している。
木村氏は自身が授業で教える分野に関する入門書、教科書を網羅的に読み、アカデミアの世界でどのような形で事象が整理され、理論として括られているのかをまずインプットした。
「私の授業は、日本企業がグローバルビジネスで直面する課題を議論するものです。それは、私が社会人として海外赴任で経験したり企業支援に際して見聞きしたり、あるいはジェトロの事業とも重なる領域です。授業を準備して学生に教えるプロセスは、養成課程で学んだ『実務経験の棚卸し』を自分流にやっていた気がします。大学で教えることで、改めてジェトロでの仕事の『本質』を考えるきっかけになり、自分たちの仕事を俯瞰・鳥瞰する視点が身に付いたと感じます」
大学教員になった当初は、その職務に必ずしも強い思いがあるわけではなかったが、次第に大きなやりがいを感じるようになったという。
「最も大きなモチベーションになったのは、定年後の第2のキャリアにつながるのではないかと思い始めたことです」
また、木村氏が大学教員に関心を抱いた理由の一つは、「若者の内向き志向」に問題意識を感じているからだ。
「私自身は国の外を見据える人間になりたい、そういう役割を生涯果たしていきたいという『外向き志向』の価値観を大事にして、ジェトロでのキャリアを歩んできました。近年、世の中では『内向き志向』の若者が増えていると言われます。ジェトロでの経験を基に、グローバルビジネスの実際や日本にとっての海外市場の重要性、井の中を飛び出て海外で揉まれることの意義・大切さを教育現場で学生に伝えていきたいと考えています」
木村氏は大学の授業を通して学生たちに刺激を与え、海外に目を向けてくれる若者が一人でも増えるよう、定年まではしっかり本業を軸にしながら、ライフワークとして力を尽くしていく考えだ。