「サーチャー」から大学教員へ 実務の知見を礎に次世代を育てる

三菱ケミカルリサーチ等で長年にわたり「サーチャー(情報検索の専門家)」として活躍した鈴木尚志氏は、社会構想大学院大学「実務家教員養成課程」を受講し、大学教員へと転身。現在、非常勤講師として、豊富な実務経験を活かして次世代の育成に取り組む。

情報検索の専門家として活躍、
定年を機に大学教員に関心

鈴木 尚志

鈴木 尚志

常磐大学 非常勤講師
秀明大学 非常勤講師
社会構想大学院大学 実務家教員養成課程 修了生
1985年、東北大学薬学部卒業。医薬品研究所勤務を経て、1994年有限会社ウイング・ヘッドを設立し、代行検索ビジネスを手がける。2005年、放送大学大学院修了。2008年、株式会社三菱ケミカルリサーチに転職し、調査業務に携わる。2023年9月、社会構想大学院大学実務家教員養成課程を修了。同月、常磐大学非常勤講師に就任。現在、秀明大学非常勤講師を兼任。サーチャーの会会長も務めている。

鈴木尚志氏は約15年間、自身の会社を経営した後、2008年に三菱ケミカルリサーチに入社。以降、情報センター部門で一貫して「サーチャー(情報検索の専門家)」として勤務してきた。情報検索の分野で、特に特許情報を中心に調査を行い、化学やバイオ技術、医薬など幅広い領域に関する知識や経験を積んできた。また、三菱ケミカルリサーチ入社前は、兼業で複数の大学の非常勤講師を務めた経験もあった。

60歳で定年を迎えて再雇用となった際、「残された時間で何をすべきか」と考え、再び大学教員として若い世代に自身の知識や経験を伝えたいと思うようになった。しかし、大学での仕事には10年以上のブランクがある。どうすればよいかと考えていたところ、社会構想大学院大学の「実務家教員養成課程」を知った。

実務家教員養成課程は、企業人等の実務家が大学教員になるための知識や技能を身につける教育プログラムだ。鈴木氏は2023年4月から約半年間、養成課程を受講。養成課程での学びについて鈴木氏は、「現在の大学の状況や、公募の応募書類作成などについて具体的に教えていただき、大きな学びがありました」と語る。

「私が以前、大学の非常勤講師を務めていた頃と比べ、現在の大学では綿密な授業計画の作成が求められ、学生による授業評価アンケートも導入されるなど、かなり変わったと感じました。また、養成課程では『実務と学術の融合』という大きなテーマの下、自分の実務経験を教育研究にどうつなげていくかという点を深く掘り下げることができました」

養成課程で役に立った学びの一つは、大学教員の公募で必要となる教員調書の作成だった。大学教員の公募で求められる教育研究業績の書き方について、具体的に学ぶことができた。

「養成課程受講中に、大学教員の公募情報サイト『JREC-IN』で常磐大学の講師募集を見つけました。応募に向けて教員調書を作成し、養成課程の先生に細部までチェックしていただくこともできました。そうした丁寧なサポートもあり、採用が決まりました。常磐大学では即戦力の教員を求めていたので、過去の非常勤講師のキャリアも活きたと考えています」

鈴木氏は、養成課程は「大学教員になるために不可欠なステップ」だったと振り返る。養成課程ではグループワークや演習も数多く実施され、多様なキャリアを持つ他の受講生たちとの交流は大いに刺激になったという。

鈴木氏は常磐大学において、2023年秋から「情報の処理」の講義を担当。2024年には秀明大学でも非常勤講師として採用され、「MOS(マイクロソフト オフィス スペシャリスト)」と「ITパスポート」の資格取得に向けた授業を担当することになった。さらに今年度は共栄大学でも、非常勤講師として採用された。

再雇用で勤務していた三菱ケミカルリサーチは2024年8月に退職し、現在は大学の非常勤講師としての活動に専念している。授業での教え方については、現在も試行錯誤を続けている。

鈴木氏にとって大学教員の仕事は、若い世代について知る機会にもなっている。大学で担当している授業はいずれもITリテラシーの基礎などを教える科目で、必修科目も多い。様々な学生が受講し、留学生が多い授業もある。鈴木氏は「昔よりも学生の多様性が高まっており、教員にはフレキシブルに対応する能力が求められます」と話し、経験を重ねることで自身も鍛えられているという。

生成AI等の進化に対応し、
学びの努力と研鑽を続ける

企業人が大学教員になる上で重要なこととして、鈴木氏は「企業での実務経験をアカデミアにうまく応用し、それを自身の教育研究活動の礎とすること」を挙げる。また、公募で採用されるためには、自身の実績や経験をどのように表現するかが重要になる。

「企業での実務経験とともに、大学教員などアカデミアの経験もあれば一番よいのですが、そのような経験がない人も多いのが現実でしょう。その場合も、企業内研修での講師やセミナーでの講演など、教育に関わる経験を少しでも多く積み重ねておくと有効だと思います。教員調書を作成する際は、小さな実績でも書くことが大切だと感じました」

これからの時代、ITリテラシーやデータサイエンスは重要であり、それらのスキルを養う教育のニーズは、今後も高いと見られる。さらにAIに関する教育の必要性も高まっていくが、鈴木氏は「AIの進化は速く、大学のガイドラインなどでは追いつかないところもありそうです」と指摘する。

大学では今後、「AIを使う」という前提に立ち、効果的に活用するためにはどのような知識や心構えが必要かについても教えることが大切になる。また、Excel等のアプリケーションの使い方は、ピンポイントならAIが教えてくれるため、授業ではベースとなる操作スキルに加えて、それを実社会でどう活かすかという部分にも踏み込んで教えることが求められると考えている。

企業において長年、サーチャーとして活躍してきた鈴木氏は、情報検索の仕事について「生成AIは日進月歩で進化しており、今後AIに置き換えられる部分は少なからず出てくるでしょう」と予測する。しかし、すべてがAIに置き換えられるわけではなく、当面は人間の役割も重要になると見ている。

例えば、AI技術は特許調査における文献の要約やクラスター分析といったアシスト機能に活用されているが、検索から報告までを全て置き換えることは難しい。人間の役割として、クライアントから情報要求を引き出し、理解する能力・姿勢とそのためのコミュニケーション力や、「ハルシネーション」(AIが事実に基づかない誤った情報を生成する現象)を見抜いて情報の精度を高める力などが必要とされる。

鈴木氏は、情報検索に携わる人たちのコミュニティである「サーチャーの会」会長も務め、業界の発展と交流の一助となるべく活動している。

現在、複数の大学で非常勤講師を務め、多忙な日々を送っているが、授業で教えた内容を学生が理解し、試験でしっかり解答してくれた時は、大きなやりがいと手応えを感じるという。今後も長年の実務経験に裏打ちされた知識と教育への情熱を胸に、次の世代が社会で活躍できるよう、学びと挑戦を続けていく。