アンコンシャス・バイアスを理解し、社会的・環境的差を取り除く努力を

政府は女性研究者の割合増加を推進しているが、大きな進展は見られない。1985年に女性学インスティチュートを設置し、女性に関わる問題に力を注いできた神戸女学院大学。2024年4月よりジェンダーインスティチュートと名称変更し、ディレクターを務める矢野円郁教授に、女性研究者を取り巻く課題を伺った。

審査に“性別”は影響する
無自覚なジェンダー・バイアス

矢野 円郁

矢野 円郁

神戸女学院大学 心理学部 心理学科 教授/ジェンダーインスティチュート ディレクター
博士(心理学)。研究分野は認知心理学、ジェンダー。中京大学心理学部助教、神戸女学院大学人間科学部准教授などを経て、2023年4月から現職。主な著書に『時間記憶の認知心理学: 記憶における経過時間とその主観的感覚』(ナカニシヤ出版)。

── ジェンダー研究に関心を持たれたきっかけをお聞かせください。

矢野 大きなきっかけは、神戸女学院大学に赴任し、女子に特化して教育をする女子大学の意義を考える立場になったことかと思います。

プライベートでは、結婚・出産というライフイベントがジェンダー研究への関心を高める後押しとなりました。特に子どもが生まれると、夫の家事分担率を高めてもらわないと仕事に戻れません。本学にも「仕事はしたいけど、家庭との両立は難しいから専業主婦を希望する」「一旦就職はするけど結婚したら辞める」と考える学生は少なくなく、そうした状況を変えていきたいと感じました。

── 2023年に論文「女性研究者の割合を増やす取り組みに対する大学教員の認識」(共著:高岡素子教授)※1を執筆されました。

矢野 本学人間科学部環境・バイオサイエンス学科の高岡素子教授とは、ともに2019年にジェンダー研究会を立ち上げ、院生も含めて勉強会を行っていました。『なぜ理系に進む女性は少ないのか?トップ研究者による15の論争』(西村書店)という書籍をテキストとして読むなかで、世界的に理系・STEAM分野に進む女性が少ない状況について考え、一緒に調査をと論文執筆に至りました。

無自覚なバイアスの存在を自覚
形から変えていくことも重要

── 政府は、自然科学系全体における女性研究者の割合増加を推進していますが、大きな進展は見られません※2。女性研究者が増えない要因をどの様にお考えでしょうか。

矢野 大きな要因の1つとしてアンコンシャス・バイアスが挙げられます。例えば、大学教員や研究者の採用におけるジェンダー・バイアスに関する研究では、書類審査で履歴書や業績書の内容が同一であっても、性別が女性である場合、男性よりも書類審査の評価が低くなるといった実験データがあります。審査者(実験参加者)自身は、性別という情報を評価基準に入れたつもりはないにもかかわらず、実際にくだした判断(行動)は性別を考慮した判断になっていた(女性に対して差別的であった)ということです。

無自覚(アンコンシャス)なバイアスは意識では変えようがありません。本気で女性研究者の割合を増やしたいのであれば、「性別を隠してブラインドで審査をする」など、アンコンシャス・バイアスを排除できる採用方法を取る必要があります。

── 他にはどんなアクションが効果的なのでしょうか?

矢野 アンコンシャス・バイアスは誰もが持っているもので、知識人も同様です。もちろん私にもあるはずです。まずは「無自覚なジェンダー・バイアスがある」ことを自覚することが肝要なので、研修でこうしたバイアスがあることを周知していくことが重要です。その上で、クオーター制の導入や女性に特化した奨学金やポストの創設など、形から変えていく。それを「逆差別」と指摘する人もいますが、現状ある「無自覚に差別的な部分」を是正するための制度や施策は必要です。

── 論文では研究者養成に関わる大学教員を対象に調査をした結果「約2割の人が女性研究者を増やす取り組みに否定的な態度を示した」。「女性教員の割合が低い分野で積極的に増やすべき」に男性の約24%が否定的な回答をしています(表)。

表 女性研究者支援に対する考えについての男女別の集計結果(%)

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矢野 否定的な理由の背景として、「性別によって適正が異なる」といった考え方、「性別特性観」があります。性別特性観は、一般的に男性の方が女性より強く、この調査でもそのような性差がみられました。女性を増やすことに否定的な回答をする割合は女性より男性回答者が高く、性別特性観が強い人ほど、女性が少ない分野で女性を増やすことに否定的でした。

また、「女性教員の割合が低い分野で積極的にその割合を増やすべきか」に否定的な回答をする人の理由に「分野によって男女比が異なるのは仕方がない(女性に適した業種がある、逆に女性が多い分野で男性を増やすべきとは思わない)」という回答もありました。看護や介護、保育は「女性の仕事」といったステレオタイプが存在しますが、男性の保育士は増やした方がいいと思いますし、介護職や看護職に男性が入っていくことは重要です。特にケア職の男性を増やすことは、男性の家事分担率を高めることにつながるでしょう。男性が多い職業に女性を増やすだけでなく、女性の多い職業に男性を増やすことも必要なのです。

なお「育児支援の強化」の項目に対する回答は、男女ともに必要性を高く評価しています。女性が外に出られる状況を作るには、男性が家に入ることが重要です。「育児支援の強化」は女性に限定しない支援ですが、現状、恩恵を受けるのは女性の方が大きいかと思います。

── 「女性研究者が増える状況(環境)をつくる」で、女性も一定数、否定的な回答があります。

矢野 理由として「不利だと感じたことがないから」といった回答が多数ありました。「自分は努力して勝ち抜いてきたから頑張れば誰でもできる」ということなのでしょうが、そうした人は恵まれた環境(頑張ることができる環境)があったのだと思います。そうでない人が結構多いのですが、自分は100%自力で道を切り拓いたという想いがあるため、恵まれない環境の人たちを救うための制度なり環境を作ってあげる必要性を感じられないのかもしれません。

どれだけ知的で理性的な人にもアンコンシャス・バイアスはあり、それは意識で完全になくすことはできないことを知ってほしい。そして、研究者を続けられる女性のその環境が恵まれたものであって、まだ一般的ではないという事実に目を向けてほしい。性別にかかわらず、意志あるものが研究者を目指せる社会にするための政策・制度に賛同していただきたいと思います。

※1 矢野円郁・高岡素子(2023).女性研究者の割合を増やす取り組みに対する大学教員の認識,女性学評論第37号,pp.179-194
※2 「第2次男女共同参画基本計画」(2005 年閣議決定)では、自然科学系全体における女性研究者の採用目標を25%(理学系20%、工学系15%、農学系30%、保健系30%)に設定しているが、第5次(2022年閣議決定)を見ると未達成(理学系17.2%、工学系11.0%、農学系18.9%)となっている。