プロクリエイターから動画を学び授業をアップデート 教員のICT学び直し

YouTubeやTikTokなど、動画メディア全盛の現代。映像と音声、文字情報を一度に伝えることができる動画はコミュニケーションや教育の素材としても大いに活用できる。デジタルリスキリングの一環として、教員がプロのフリーランスクリエイターに学ぶ取り組みを追った。

教育ICTへの関心から
動画制作の学びへ

吉川 牧人

吉川 牧人

静岡県立掛川西高等学校 教諭

明治34(1901)年に開校し、120年の歴史をもつ静岡県立掛川西高等学校。県内有数の進学校でありながら、野球部や弓道部、吹奏楽部が全国大会に出場し、文武両道を実現。コロナ禍の臨時休校中には、全学年・全教科の授業を動画配信に切り替えるなど、ICTを活用した教育にも熱心に取り組んでいる。

旗振り役を務めたのは、教職22年目を迎えた世界史教諭の吉川牧人氏。掛川西高校には9年前に赴任し、2017年からはICT教育の責任者として無線LAN導入と『Google for Education』を軸にした独自のICT化計画を推進してきた。

「以前から教育ICTに関心があったため、先進的な諸外国の教育現場を視察して回るなどしていました。また、Apple(ADE)、Google(認定イノベーター)、Microsoft(MIEE)の認定教育者という資格を活かし、課外活動も含めた学校生活環境全般のICT化に取り組んでいます」

世界史を学ぶ重要な目的の一つとして、吉川氏は「各国の歴史を学ぶことで、背後にある文化や価値観、宗教などの異文化を理解すること」を取り上げ、こう続ける。

「生徒に異文化への理解を促すためには、各国の歴史をリアルな肌感覚で感じてもらうことが重要であり、歴史の追体験という意味で映像素材は非常に大きな力をもっていると感じています。海外旅行先で撮影した遺跡の動画を教材として扱ったところ、生徒の反応が予想以上によかったことがその理由です」

コロナ禍でオンライン授業を実施してきたこともあり、ある程度の動画編集スキルがあった吉川氏だが、「理想の授業づくりを行ううえで、我流での制作に限界を感じていました」とも語る。

そうした背景から動画編集をイチから学ぼうと、日本最大級のクラウドソーシングサービスで多数のプロフリーランスクリエイターを抱えるランサーズと連携し、今年6月から6カ月間に及ぶ『学校DXプロジェクト』を開始。吉川氏自らが声かけをして集めた他校の教員4名とともに、オンライン上でプロのフリーランスクリエイターから動画編集のレクチャーを受けるようになった。

プロクリエイターから
「受け手の目線」を学ぶ

吉川氏は現在、週1回約1時間のオンラインレッスンを通じ、動画の撮影から編集までのノウハウを学んでいる。毎回課題が与えられ、次回までに課題動画を作成・編集すると、プロのフリーランスクリエイターからフィードバックを受けるほか、メンバーが編集した動画を視聴し、互いにアドバイスするなどして学び合っているという。

「最初は自己紹介動画から始まり、回を追うごとに授業動画、学校紹介動画と課題の難度が高くなっていくので、成長を感じながらチャレンジしています。メンバーの先生方とはレッスン以外にもSNSを通じて交流を続けているのですが、最近は合宿をしようという話で盛り上がっています」

吉川氏が課題で制作した部活動紹介動画。自身が顧問を務める食物研究部の活動を、早回しやイラストによる画面切り替えなどを駆使しテンポよく紹介している

吉川氏が課題で制作した部活動紹介動画。自身が顧問を務める食物研究部の活動を、早回しやイラストによる画面切り替えなどを駆使しテンポよく紹介している

教員は授業以外にも部活動の顧問や生活指導、進路指導などやるべき業務は多いが、同じ課題を感じている仲間からの刺激を受けながら、モチベーション高く学びに取り組むことができているという。

動画制作を学ぶうちに気づいたのは、『受け手目線』を意識することの重要性だと吉川氏は力を込める。

「プロの指導によって、テロップの色づかいやトランジション(切り替え)のタイミング、BGMの使い方などの効果的な手法をマスターすることができましたが、それ以上にメリットを感じているのは、『動画の内容をいかに伝わりやすくするか』を考えながら編集するという受け手目線が身についたことです。これまでの一斉授業は、教師が一方的に教え込んでしまうことも多くありましたが、これからは学習の主体である生徒の目線に立ち、クリエイティビティを発揮して生徒が学びたくなるような授業に変えていく必要があります。工夫次第で生徒の反応は劇的に変わってきますから、授業づくりはきわめてクリエイティブな仕事になっていくと思います」

レッスンの成果は授業以外の場面でも発揮されている。

「例えば、夏休みの体験入学で受験生や保護者に学校の魅力をお伝えする際に、校長のメッセージや部活の様子などを動画にして展開したり、さらにその動画を生徒にも共有し、部活の紹介動画として発信してもらうなど、活用の場がどんどん広がっています」

デジタルネイティブの生徒を
教える教員こそICTの学びが重要

動画編集を学ぶだけでなく、生徒に動画を制作させる機会もつくっているという吉川氏。その狙いを「生徒が表現したいことを動画で伝える過程は、主体性やクリエイティビティを育成しますし、グループで一つの作品を作り上げる作業は協働力を伸ばすことにもつながります」と話す。

高校卒業後は、就職活動やビジネスなどさまざまな場面で自分の考えを相手や目的に応じて的確に表現する機会が必ず生じる。高校時代から動画編集を通じてデジタルスキルやクリエイティブスキルを身につけることは大きな意味をもつという。

その一方、現在の高校生はデジタルネイティブと言われながらも、家庭環境や保護者の教育方針によってテクノロジーへの考え方やスキルには大きな差がある。コロナ禍でオンライン授業を実施した際も、家庭ごとに通信環境が異なることが課題視されたが、吉川氏は「テクノロジー環境やスキルの差が、将来の経済格差につながることがあってはなりません。生徒のデジタルスキルが異なることを理解したうえで、教員自身がICTや動画制作のスキルをある程度身につけていくことが重要だと思います」と結んだ。