広告の最前線から大学教育へ 「考える力」で学生の可能性を拓く

広告代理店で約30年間にわたり、広告制作の最前線に立ってきた木村史紅氏。社会構想大学院大学の実務家教員養成課程の受講を経て、実務家教員として、2023年に和光大学の教授に就任した。デザイン教育を専門とする木村氏に、教育界に入るまでの経緯と現在の教育活動への取り組みを聞いた。

電通の早期退職を機に
教育への志が再び動き出す

木村 史紅

木村 史紅

和光大学 表現学部 芸術学科 教授
社会構想大学院大学 実務家教員養成課程 修了生
多摩美術大学美術学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。1991年電通入社。アートディレクター、クリエイティブディレクターとしてグラフィック広告やTVCM、コミュニケーションコンテンツなどの企画制作に従事し、2020年退社。2021年よりフリーランスのクリエイティブディレクター、およびネコ専門の造形作家として活動。2023年4月、和光大学表現学部芸術学科教授に就任。

木村史紅氏は多摩美術大学を卒業後、電通に入社。アートディレクターやクリエイティブディレクターとして、幅広い広告制作に約30年間携わってきた。カンヌ国際広告祭やニューヨークフェスティバル等での受賞歴も持つベテランクリエイターだ。そんな木村氏が転機を迎えたのは、2020年。電通が早期退職者支援の一環として、子会社のニューホライズンコレクティブと、電通の退職者が個人事業主として業務委託契約を結ぶ仕組みを作ったタイミングだった。

「勤続20年の頃から、人生の後半は仕事になろうとなるまいと、やりたいことをやりたいと思うようになりました。ずっと広告における二次元造形の世界で生きてきましたが、もともと三次元造形、手でものを作ることが好きでした。そして、ネコ専門の造形作家になりたいと考えていたのです。ちょうど会社の早期退職制度とタイミングが合い、退職を決めました」

独立後、造形作家としての活動を始める一方、社会に貢献できる仕事として頭に浮かんだのが教育だった。木村氏は美大に入る前は教員を志望しており、多摩美術大学でも教職課程を履修していた。また、電通在籍中から東京工芸大学の非常勤講師を約10年間務めていた経験もあった。

その頃、ニューホライズンコレクティブのコミュニティ内で開催されたセミナーで、社会構想大学院大学の実務家教員養成課程の存在を知る。2021年10月、木村氏は受講を開始した。

大学教員への転身には
専門分野の一致が何より大事

木村氏にとって、養成課程での最大の収穫は「大学教員は公募採用」という事実を知ったことだ。

「大学教員のポストは何らかの縁故で得るものだと漠然と思っていました。『JREC-IN』という研究者向けの求人サイトの存在も初めて知り、こんなものがあるんだと驚きました」

また、文部科学省の書式による教育研究業績書は、企業出身者にとっては非常にわかりにくいものだ。養成課程では、各項目に何をどう書くべきかを具体的に指導してもらえたことが、教員への道を具体化させたという。

養成課程修了後、木村氏はJREC-INで応募を開始。グラフィックデザイン分野は募集案件が比較的多く、計6校に応募して3校の面接に進んだ。当初は地方の大学を志望していたが、諸事情を検討の末、募集分野が自身の専門と合致していた和光大学を選択。2023年4月、同大学表現学部芸術学科の教授に就任した。

企業人材が大学教員への転身を成功させるために重要なことについて、木村氏はこう語る。

「自分の専門分野と、大学が求める分野をぴったり合わせることが非常に重要だと感じます。着任後に募集する側の経験もしましたが、多くは欠員補充で、既存の授業を担える専門性があるかどうかが問われます。自分の専門に合った募集を見つけ出すことが、転身成功の鍵だと感じています」

アイデアで勝負できる人を育てる

和光大学でグラフィックデザイン分野の授業を中心に担当する木村氏が、教育で最も重視するのはオリジナリティだ。学生の多くは造形の初心者に近い状態だが、そこに可能性を見出している。

「造形的な技能は高くなくても、面白いアイデアを出す学生が一定数いることに気づきました。訓練を受けていないからこそ、自由な発想を出せるのかもしれません。『これ面白いぞ』と声をかけると、それを形にし始める。そこからユニークな作品が生まれてきます」

「地域デザイン」の授業の様子。地域農家のワインぶどう栽培やワイン造りを手伝いながら、ラベルデザインや販売などを行う。

木村氏は授業において、制作の前段階にある「考える(企画する)プロセス」に多くの時間を割いている。美大では、何かを作るための技能習得に時間が費やされ、「何を作るかを考える」のは課題で限定するか、学生任せになりがちだが、木村氏はその比率を逆転させた。関連のないものを組み合わせてアイデアを生み出す「オリジナルアイデア考案シート」を開発し、学生の企画力を引き出す仕掛けを年々改良し続けている。身に付けるぬいぐるみや、コスメ型のインコ用品ブランド、本物のエビフライから型をとって作ったデスクライトなど、学生たちの自由な発想から生まれた作品は多彩だ。先行学年の作品を後輩が目にすることで「ああいうのでいいんだ」という空気が生まれ、ユニークな作品が年々増えているという。

養成課程で学んだ「教えること」と「自分がプレーヤーとしてできること」は別であるという考え方も、日々の教育に活きている。

「当初は、自分が現役デザイナーとして活躍している方が学生にとって良いのではと思いましたが、自分がプレーヤーであることと、学生自身が伸びるかどうかは全く別でした。現役であることより、学生と向き合い、どうすれば伸びるのかを考える本気の大人が接することの方が、結果的に学生を伸ばすと感じるようになりました。学生たちを、4年間で社会の入り口に立てるところまで引き上げるにはどうすればよいか。それが日々の研究テーマです」

今年60歳の木村氏は、定年までの最長5年間を全力で教育に注ぐ構えだ。小規模な和光大学では教員と学生の距離が近く、一人ひとりと向き合う重圧は大きいが、同時にやりがいも感じている。

「学生に持たせたい武器を渡し切れずに卒業されてしまう怖さがあり、毎週焦っています。でも、こんなに面白い仕事があるのかと思うほど楽しい。東京藝術大学や多摩美術大学の卒業制作展にも足を運びますが、技術では及ばなくてもアイデアでは十分勝負できるレベルだと手応えを感じ、学生たちにも伝えています。技術の差はAIなどの進化でどんどん縮まりますが、アイデアの訓練は難しいからこそ、そこを磨けば大きな武器になります。社会で活躍できる卒業生を一人でも多く送り出したい。それが今の私の願いです」

青森県出身の学生の卒業制作作品「ホルンのねぶた」。学生はホルン奏者でもあり、自分に縁のあるものを組み合わせて生み出した。