行動分析学×デジタルで学校改革 インクルーシブな先進教育とは

長野県の廃校が画期的な小学校に生まれ変わる。行動分析学に基づくインクルーシブ教育を実践する学びの場「さやか星小学校」(2024年4月開校予定)だ。創立者で理事長の奥田健次氏は、国際的に活躍する臨床心理士。今回、開校を目指している経緯や学校づくりのコンセプトなどについて聞いた。

理想の学校をつくるという
夢に突き動かされて

奥田 健次

奥田 健次

学校法人西軽井沢学園 創立者・理事長
応用行動分析学、行動療法を専門とする心理臨床家。発達につまずきのある子とその家族の支援のため、国内外からの支援要請に応える国際的セラピスト。あらゆる行動上の問題を解決に導くオーダーメイド化されたプログラムとそのアウトカムが注目され、その手腕はしばしばメディア等で紹介されている。日本初の行動分析学に基づく幼稚園を創立(学校法人西軽井沢学園サムエル幼稚園)。日本子ども健康科学会理事、日本緘黙研究会常任理事(副会長)。一般社団法人日本行動分析学会理事などを歴任。専門行動療法士、臨床心理士。

── 新しい学校づくりを目指されたきっかけをお聞かせください。

奥田 大学院生の頃から、恩師(鳥取大学教授 井上雅彦氏)と共に理想の学校をつくるという夢を語り合っていました。公立学校の画一的な教育に疑問を感じていたからです。資産家でもない一介の大学教員の身では本当にただの夢物語でしたが、小さな幼稚園なら作れるのではないかという考えに至りました。

大学教員を40代前半で辞し、フリーランスの臨床心理士として活動しながら、学校法人設立に向けて動き出しました。個人で借金はしましたが、軽井沢で縁あって5,000坪の土地を購入することができまして。長野県には他に最小定員35名の幼稚園があったので、工夫すれば運営できそうだと。地理的には、豊かな自然と首都圏へのアクセスの良さも魅力的でした。

首都圏とのアクセスもよく、自然豊かな軽井沢。絶好の学びのポジションだ。

photo by show-m/ Adobe Stock

計画から認可までは紆余曲折ありましたが、幼稚園と学校法人が認可され、2018年4月に県内で一番小さな園、サムエル幼稚園を開園することになりました。しかし一期生の卒園時に「3年間では物足りない、あと6年は継続したいな」と思い、一条校の小学校をつくることにしたのです。資金面ではさらなる大きな課題がありましたが、廃校になった学校を活用する計画で、SDGsの時代に相応しい校舎を利用することになりました。

長野県で最小規模のサムエル幼稚園。園と家庭とのエンゲージメントの高さで、不登園児ゼロの実績を誇る。

── 個人での学校法人設立は珍しいのではないでしょうか。

奥田 講演会でよく「私には雨乞いの能力がある」と話しています。私の方法は雨が降るまで雨乞いを続けることです(笑)。学校法人の認可が出るまで数年かかったのですが、認可されるまで粘り強く、県庁に通い続けました。

私自身は、政治力に長けたタイプではないですし、損得勘定もできません。金勘定する能力があるとリスクが読めるので、怖くて土地すら買えなかったでしょう。能力のなさが能力になることがあるのです。今回の場合、それが「蛮勇さ」というやつです。思い切りが良い。良すぎるんです。最初は親きょうだいにも理解されず、孤軍奮闘していましたが、少しずつ家族に始まって必要な理解者、支援者が集まるようになりました。昨年11月に開始したクラウドファンディングでは、当初目標の500万円を超える1,300万円超のご支援もいただきました。自分自身の損得勘定だけで動いていたら、何も生み出せなかっただろうと思います。

── どのようなスケールの学校になるのでしょうか。

奥田 1学級28人、6学年で160人の小さな小学校です。その他に特別クラスを2クラス併設する予定です。公立学校のような支援学級ではなく、合理的配慮を重視した学級も必要で、手厚い学習支援が必要な子どもから中学生以上の学習進度の子まで対応するクラスです。

行動分析学とデジタル技術で
インクルーシブ教育を実現する

── さやか星小学校では、インクルーシブ教育を目指されていますね。

奥田 私の考えるインクルーシブ教育は、すべての子どもの学習権を保障し、個別最適化することです。ではそれぞれ個人が尊重され、互いに他者をリスペクトし共存する学校を目指しています。すべての子どもに個別目標と支援方法を設定し、手厚く対応していくのです。これを実現するために、一人ひとりの発達段階や学習進度に合わせ、行動分析学とデジタルテクノロジーを駆使したオーダーメイドの個別プログラムを提供します。

また、多様性の中で思いやりの心を育むソーシャルスキルも支援していきます。行動分析学では、結果としての成績(パフォーマンス)だけに着目する古い教育とは異なり、高いパフォーマンスを獲得するための行動やスキルを定量化し、支援状況を可視化します。最近は「非認知能力」と言われますが、例えば「協調性」を具体的なスキルに置き換えることで、適切な支援が実現できます。

また、行動分析学の発想法では、子どものつまずきの原因を子どものせいにしないのが基本中の基本です。例えば、算数が苦手な子に「この子は算数に問題を抱える子」とレッテルを貼らず、「もしや出題方法に問題があるのではないか?」という発想です。確かめてみると、実は「もらう/あげる」といった授与動詞に混乱があったと。そこに追加的な支援を行ったところ、算数の文章問題の成績が上がりました。

学習成績だけでなくソーシャルスキルも、保護者がいつでも確認できるシステムを開発中です。学校や教員には一定のプレッシャーがかかりますが、公開した方が教育の質が上がるというエビデンスが明確にあります。保護者に対して「3年生らしくたくましくなりました」などと曖昧に濁すのではなく、「半年前にできなかったことが3年生ではこの位できるようになりました」とグラフ等で可視化します。

またデジタル技術で、教員の働き方を改善したいと思っています。公立学校は教員の負担が重すぎるのです。教師が主に作文していた記録は、学習進捗データによって不要になりますから、追加的支援のニーズに対応するための準備時間をしっかり創出できるでしょう。

── 教材はどのようなものを使われるのですか。

奥田 市販のデジタル教材も活用しますが、個別支援のインターフェースはオリジナルで開発しています。全児童の学習進捗が自動的に蓄積・可視化されていくシステムです。4年生でも5・6年生の内容ができる子にはやってもらう、つまずきがあれば2・3年生の問題も提供できます。行動分析学を用いない学校と比べて、格段に学習のつまずきを早期に検知できます。いずれはデジタル教材自体も開発したいと思っています。

── 教員はどんな方が担当される予定なのでしょうか。

奥田 さやか星小学校のプログラムは行動分析学に基づいています。そのため、行動分析学のトレーニングを受けた専門性の高い教員や、行動分析学の発想に共感する人材を採用する必要がありました。ありがたいことに、熱意のある方々が応募してくれまして。私が主宰する研修会に参加されたことのある方、教員免許を持っている福祉領域の方、今の教育に疑問を持つ公立校教員の方などさまざまです。

さやか星小学校が目指す教育

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── 行動分析学やパフォーマンスマネジメント、インストラクショナルデザイン(教育設計)を専門とする法政大学の島宗理教授がカリキュラム開発に参画されています。

奥田 私自身、社会人学生時代に島宗先生の講義を受けたことがあります。今で言うアクティブラーニングの授業を30年前に、しかも大学の講義で実践されていたのです。一方向的に教わる授業ではなく、学生の自発反応を引き出す授業設計で、後にも先にもないほど画期的なものでした。島宗先生は一流の研究者ですが、コーチングのプロでもあります。さやか星小学校では、子どもだけでなく教職員や保護者の学びに関しても優れたアイデアを提供してくださることでしょう。

“看板”だけの教育に終止符を
学校が変われば社会も変わる

── 生徒にポジティブな行動支援を行う、「スクールワイドPBS」とはどのようなものでしょうか。

奥田 スクールワイドPBSは行動分析学においては世界標準の教育メソッドと言えます。公立学校から私への相談は、九割九分が暴力や自傷、不適切行動を減らしたいという内容です。スクールワイドPBSでは問題行動を減らすのではなく、ポジティブな行動を楽しく獲得していく支援をしていきます。

例えば学校から突然飛び出してしまう子に対し、決められた時間と場所に移動するスタンプラリーのような支援をやることがあります。ゲームっぽくやると生き生きとやるのです。教師に叱られることが暴力や自傷の引き鉄にもなるので、叱ってやめさせるよりもポジティブに望ましい行動を増やすことで問題行動は結果的に解消されていきます。

ちなみに、サムエル幼稚園では不登園児はゼロです。見学者の多い幼稚園なのですが、一日中、見学された方が共通して「先生が子どもを怒鳴ったり叱責したりしていない」と感想を述べられます。叱って行動を禁止するでもない、甘やかして子どもの言いなりになっているわけでもない。PBSというのは、そういう現場にありがちな二者択一とは異なります。

さらに、スクールワイドが広がって地域ワイドになって欲しいと思います。問題行動を減らす社会ではなく、望ましい行動を定めてそれを増やす、そうした発想の転換が必要です。それは発達障害の子のみならず定型発達の子の子育てにも、社会人のコーチングにも有効でしょう。

── いじめ防止についても積極的に取り組まれるとうかがっています。

奥田 いじめ問題では衝撃的な事件が相次いています。そうした事件の背景で問題となるのは、学校が「いじめを認識しないこと」で、これが子ども達に絶望感を与えています。助けを求めて大人に相談しても、「子ども同士の遊びだ」と片付けられてしまう。事件が発覚した後にしか調査しませんし、調査結果をもってしても「いじめとは認識していなかった」と言う。いじめの問題を矮小化する傾向があるのです。米国の研究で、いじめを受けている子どもが38%いるとき、学校が自ら調査すると9%しか把握できなかったというものがあります。これは、いじめられている子どもの3割が、学校によって「それはいじめではないです」と、苦しみを認識すらしてもらえないことを示します。こうしたギャップは日本ではさらに深刻でしょう。

さやか星小学校では、「いじめ防止3Rプログラム」を導入します。認識すること(Recognize)、対応すること(Respond)、報告すること(Report)で、普段から定期的に調査・アンケートを行っていきます。「いじめは当然起きるもの」であることを大前提とし、少しでも兆候があれば即対応、いじめられっ子を助けることはもちろん、いじめを行った子どもにも相当な支援をしていきます。保護者にも情報共有し、教職員全体で定期的に研修会を開き対応していきます。

海外のエビデンスでは、いじめが放置されると学校全体の学力が下がることがわかっています。学校と家庭でいじめ問題に取り組めば学校全体の学習成績が上がるというエビデンスもあります。日本が衰退している大きな原因の一つは差別社会にあると考えています。人種、性、言語、宗教による差別、障がい者への差別など、意識レベルから無意識なレベルまで蔓延しているのを実感しています。まずは学校から変えていきたいのです。

── 最後にメッセージをいただけますか。

奥田 「個性重視」を掲げる学校は多いのですが、単なるスローガン“看板”になってしまう傾向は否定できません。いまだに多くの学校から不適応者をやめさせる相談が絶えませんから。こうした“看板”だけの教育は終わりにしたい。今までの教育の当たり前をすべて疑い、子どもたちの未来のために何をしたらよいかを追求していきましょう。

多くの教育関係者に、行動分析学のポテンシャルについて関心を持っていただきたいです。でできることは、他校でも実現可能です。開校後、世界中に情報発信していきますので、取り入れられるものから取り入れていただき、どんどん横展開して欲しいと思っています。