学術的な専門性と知見を活かし、EBPM推進を担う専門人材を育成
近年、「EBPM」の重要性が高まっている。勘や経験に頼るのではなく、データや科学的根拠に基づいて政策を立案・実施する考え方だ。エビデンス共創機構は、政策の効果検証やデータ活用を支援して、EBPMの取り組みの“質”を向上させるとともに、EBPM人材の育成を推進している。
政策・事業の効果検証と
エビデンス活用を支援

伊芸 研吾
一般社団法人 エビデンス共創機構 代表理事
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任准教授。国際協力機構研究所(当時)やコンサルティング企業等を経て現職。東京大学大学院新領域創成科学研究科にて博士号取得。研究、実務の両側面から官公庁や自治体、民間団体と共にエビデンス創りに従事し、EBPMに関する政府会合の有識者や自治体のアドバイザーも務める。
── エビデンス共創機構を設立された背景をお聞かせください。
伊芸 私は研究者として、政策の効果検証やデータ分析、調査設計などに取り組んできましたが、「論文を発表するだけでは、政策や事業に十分活かされにくい」という課題を痛感していました。前職のコンサルティング会社ではEBPM(エビデンスに基づく政策立案)関連の調査を進める際、「分析結果をできるだけ早く知りたい」という現場のニーズと、学術研究で求められる厳密さや新規性とのギャップに直面しました。このもどかしさの中、「社会が求めるデータ分析に柔軟に対応し、その成果をダイレクトに還元できる仕組みを作りたい」と考えるようになりました
そんな折、共同研究でご一緒した慶應義塾大学教授の中室牧子先生に相談したところ、大学への移籍の機会をいただきました。これを機に、大学での研究者としての活動と並行しながら、民間の立場から政策や事業に貢献できる場を作ろうと、2023年2月に一般社団法人を設立しました。中室先生には理事として参画いただき、より実践的なEBPMの推進に取り組んでいます。
── EBPMに関して、最近の動向をどのように評価されていますか。
伊芸 中央省庁や自治体におけるEBPMの取り組みが年々進展していると捉えています。政策の効果検証やデータ活用の重要性が認識され、「法律を整える」段階から「実践に移す」フェーズへと進みつつあります。 一方で、EBPMの実践には専門的なスキルが求められますが、対応できる人材の不足が課題です。政策立案や効果検証には、データを適切に扱い、論文や報告書を正しく読み解く力が不可欠です。しかし、これらは短期間で習得できるものではありません。実践的なEBPM人材の育成と、データ活用のための基盤整備をより進めていくことが求められます。
── EBPMに関わる人材は専門的なスキル以外に何が必要ですか。
伊芸 EBPMを実践する上で、データ分析のスキルに加え、政策目的に忠実な姿勢や行動力が求められます。「なぜこの政策を行うのか」「政策が課題解決につながっているか」といったアウトカム志向でなければ、データ分析が目的化し、EBPMの趣旨が見失われてしまいます。そのため、EBPMに携わる人には、データで課題を的確に捉え、エビデンスを課題解決につなげる心構えや行動力が必要です。また、政策担当者のリテラシー向上も不可欠です。例えば、「〇〇大学の研究」という肩書きだけで無条件に信頼されることがありますが、因果関係の検証が不十分なケースも少なくありません。エビデンスは単純に評価できるものではなく、その“質”を慎重に見極める視点が必要です。そのため、たとえ高度な分析スキルがなくても、エビデンスを含むさまざまな情報の客観性や妥当性を冷静に判断する力を持つことが、EBPMに関わる全ての人に必要です。
── エビデンス共創機構ではどのような活動をされていますか。
伊芸 現在は、政策や事業の効果に関する分析や社会調査の実施に対する支援に注力しています。シンクタンクなどと共同で官公庁から調査業務を受託し、分析や調査設計を支援するほか、企業やNPOとも連携し、データ収集や分析手法の助言、分析業務を行っています。
代表的な取り組みの一つに、日本テレビと共同で実施した「こどもWEEK『こどもの本音調査』」があります。日本テレビの企画に基づき、当機構が調査票の設計やデータ分析を実施しました。調査結果はレポートや記事として公表され、多くの親御さんにとって関心の高い内容となりました。 特に、親が誰かと比較する傾向にある子は悩みが多く、家庭生活の満足度が低いことがデータで示されました。さらには、そのような子は学校生活の満足度も低く、比較されることが広範囲に悪影響を及ぼすことが示唆されました。今回の調査を通じ、適切な調査手法と分析方法を用いることで、メディアの関心を確かなエビデンスとして形にできたと考えています。
もう一つは千葉県教育委員会のご協力のもと実施した「学校給食時の黙食の見直しが学級閉鎖に与えた影響に関する分析」です。コロナ禍以後、学校給食時の黙食見直しが広がっていた当時、同教育委員会は、独自に黙食見直しの影響を分析し、黙食を見直した学校と継続した学校の間で明確な差を確認できなかったとして、現場に黙食見直しをフィードバックしていました。
当機構は、同教育委員会から提供されたデータで、より専門的な分析手法のもとに再分析を行い、この取り組みを補完しました。背景にはX(旧Twitter)を中心に「黙食の見直し」に関する分析結果を疑問視する声など議論が起こっていたことがあります。この動きを受け、「千葉県には関連データが揃っており、迅速な分析が可能」と判断し同教育委員会へ打診。分析の結果、黙食見直しによって学級閉鎖が増えたことは確認できませんでした。契約等の手続きにかかる時間を省くため、プロボノとして活動したことが奏功し、迅速に分析結果を公表することができました。この分析は学術的にも価値があることが明らかになり、最終的に学術論文として発表しました。
実践的スキルを学べる機会を広げ
EBPM人材の育成にも注力
── EBPM人材の育成も活動の柱の一つに掲げています。
伊芸 次世代のEBPM人材の育成として、大学生や院生をリサーチアシスタントに雇用して、実際の分析業務の経験を積むOJTの機会を提供しています。また、学部生向けの論文コンクールを実施しています。第1回だった昨年度では、データ分析や論文の構成がしっかりした、学術誌に掲載される論文に匹敵する完成度のものも多く見られました。
現役世代の人材育成という意味では、「EBPM実践セミナー」を不定期で開催し、実際の取り組みを紹介することで、EBPMを実践するうえでのノウハウなどの周知に努めています。来年度は人員を増やし、セミナーの回数を拡充する予定です。さらに、EBPMに関心を持つ人向けの勉強会も検討しており、データ分析手法やエビデンス創りに関する実践的スキルを学べる機会を広げていきます。
── 最後に、現状の課題と展望を。
伊芸 最大の課題は、組織基盤の強化と人材確保です。より多くのエビデンス創りの支援依頼に応え、多くのイベント活動を実施できる体制を整えることが直近の課題です。EBPMの取り組みを自治体や省庁ごとの個別事例にとどめず、広く共有し、継続的な仕組みとして定着させることが重要です。当機構は、それらをつなぐハブとして、知見の発信やネットワークの形成を進め、政策立案におけるエビデンス活用の可能性をさらに広げていきます。より多くの人にEBPMを実践的に学び、自ら取り組んでみようと思える環境を整えていきたいと考えています。