良質な映像授業で途上国を支援 「国際協力の逆転」が未来を紡ぐ
世界の途上国には教育を充分に受けられない子どもが大勢いる。2010年、バングラデシュでその現状を目の当たりにした大学生が良質な授業を映像で届けようとNPO法人を設立。「最高の教育を世界の果てまで」を使命に受験生をサポートしてきた代表の三輪開人氏に活動内容を聞いた。
街灯の明かりで勉強する
子どもたちを見て支援を決意
三輪 開人
認定NPO法人e-Education 代表
1986年生まれ。2010年、早稲田大学在学中にインターンでバングラデシュに滞在、同じくインターンで来ていた税所篤快氏と出会い意気投合し、バングラデシュの中高生の受験を支援する認定NPO法人e-Educationの前身を設立。大学卒業後、JICA勤務の一方で同法人海外事業統括を担い、2014年に代表理事に就任。現在はバングラデシュ、フィリピンに加え日本も含むアジア5ヵ国で中高生を支援、累計15か国5万人以上に教育機会を提供してきた。2016年、Forbes「30 under 30 in Asia」に選出。
── e-Education設立の経緯を教えてください。
三輪 早稲田大学4年生の時、私はマザーハウスのインターンとしてバングラデシュにいました。そこでグラミン銀行のインターンだった共同創業者の税所篤快と出会いました。お互い東進ハイスクールのおかげで早稲田に合格できたこと、バングラデシュの教育環境の改善に何かできないかという思いを持つという共通点があって、二人で課題解決に向けて農村の調査を始めたことが最初のきっかけでした。そこで驚いたのは、深夜に街灯の明かりで勉強する高校生たちがいたことです。家に明かりがない、昼間働かなければならないといった事情から街灯の下で勉強せざるをえない。その光景は私の人生の大きな転機になりました。
その時、私は「かわいそう」ではなく「すごい」と思いました。これだけの熱量で勉強しているのだから、よりよい教育にアクセスできれば一人ひとりの可能性が花開くのではないか。東進ハイスクールで学んだ受験テクニックが何か役に立つのではないか。そう考えたことが、法人設立の大きな契機になりました。創業日は2010年2月1日ですが、税所と出会ったのはその2日前、1月30日のことです。
── わずか2日間での立ち上げということになります。驚きですね。
三輪 税所と出会った瞬間、既に立ち上げていたとも言えるのですが、当法人にはマヒン・マティンというもう一人の共同創業者がいました。3人で集まったのが2月1日だったので、この日を創業日にしています。マヒンとの出会いは31日に税所と農村へ行き、1日にダッカ大学で予備校を取り巻く諸問題について100人にインタビューをしていた時でした。インタビューを受けた学生の中で最も関心を持ってくれたのがマヒンで、彼は前日に私と税所が調査に入った農村の出身だったのです。私は現地の課題を現地の人が解決する未来を作りたいと考えていたので、マヒンこそが主人公であり、本当の意味での創業者だと思いましたし、今でもそう思っています。
共同創業者の3人(左から、三輪開人氏、マヒン・マティン氏、税所篤快氏)。
日本流ノウハウを取り入れて
現地の受験事情を解決
── バングラデシュの中高生の受験状況を改善する活動は、どのように始まったのでしょう。
三輪 最初はマヒンの故郷である農村に教室を開き、日本から寄付いただいたパソコン4台を並べてDVDによる映像授業を行いました。村の方たちが「マヒンのためなら」と机や椅子、電気まで自由に使わせてくれたので、初期コストはほぼかかりませんでした。バングラデシュでは大学受験の結果がわかるのが5月末で、予備校が開くのは6月から9月の間だけなので、法人設立から大急ぎで先生をリクルートして、授業の撮影をして、なんとか6月の予備校開校の時期に間に合わせました。
当時はまだ3G回線もオープンになっていなかったので、DVDの映像教材を制作し、それをひたすら配る方法しかなかったのです。そうした活動が1年ほど続きました。1年目の生徒は32名で、うち18名が国立大学に進学し、そのうち1名が日本の東大に当たるダッカ大学に合格することができました。
── やはり生徒たちの熱量が高かったということですね。
三輪 それもありますが、実は日本流の受験テクニックが功を奏した面もあるんです。当時、ダッカ大学の入試はマーク式で、英語、国語、国内史、世界史の4教科25問ずつ全100問を40分で解く形式でした。40分で全問を解くことは厳しいので、捨て問といった受験テクニックも重要となってきます。ですから、事前のトレーニング次第で合格できる可能性が充分ありました。また、中学卒業時や高校卒業時の試験、大学の入学試験の3段階で各30点、50点、120点と配分される仕組みだったのですが、都市部の子はそのことを知っていても、地方の子は知らないので、中高で遊んでいると、最初から大きく出遅れてしまうのです。こうした点取りゲームの要素が大きかったので、日本流の受験対策で力になれる余地が大きかったといえます。
DVDでの教材提供から
オンライン授業、アプリ開発へ
── DVD授業からオンライン授業に変わったのはいつ頃ですか。
三輪 創業から5年ほどはDVDをひたすら配って、難関大学の合格者も100名を超えていきましたが2014年頃にはバングラデシュでも3Gが普及し、2015年頃からはYouTubeも見られるようになりました。2012年頃からはフィリピン、ミャンマー、ネパールと活動対象を広げていきました。
バングラデシュの農村にDVDを配布して映像授業を行っていた当時の様子。
一部の国や地域ではYouTubeの映像をダウンロードしてオフラインで見ることができます。我々が制作する映像授業も、そうした方法で多くの子どもたちが見ることができました。ただ、それでは学習ログがとれないので、2016年頃からはアプリの開発を本格化させました。実はマヒンと共同で専用のタブレット端末も開発し、これを配ろうとしたのですが、その必要もないくらいスマートフォンが爆発的に普及し、2019年頃にはスマートフォン上でアプリをダウンロードできるようにしました。
学習コンテンツのアプリとオンライン家庭教師機能に特化したアプリの両軸で受験生を支援。
── 現在はアプリで教材を提供しているのですね。具体的にどのような内容なのでしょうか。
三輪 2種類あって、一つは日本でも普及している、いわゆる授業見放題のようなアプリです。これは現在、当法人のバングラデシュパートナーとなったマヒンの会社(BacBon Ltd)が開発したアプリ(BacBon School)を使用しています。
もう一つは、コロナ禍を機に開発したアプリです。コロナ禍で子どもたちが登校できなくなった、都市部の学生たちは家庭教師などのアルバイトができなくなり学費や生活費の工面が難しくなっていたという問題を一気に解決するために、地方の受験生と都市部の大学生や卒業生をマッチングするオンライン家庭教師機能に特化したアプリを開発しました。
これを使えば、伴走メンターの付いた教育サポートが受けられる、志望大学の学生と出会えるといったメリットがあります。我々が最もやりたかった仕組みが、コロナ禍で一気に完成したわけです。またコロナ禍でオンライン利用者が急増したことで我々のサービスも全国的に広がり、バングラデシュ国内全64県で利用されています。日本のNHK教育番組に相当する国営放送でも使われるようになりました。
── 2025年は創業から15年です。どんな手応えを感じていますか。
三輪 我々が最も誇れる成果は、15年連続でダッカ大学合格者が出ていること、難関国立大学への合格者が500名以上になったことです。また、対面でのサポートは約5万人ですが、オンラインを通じた教材利用者数で言えば年間300万人くらいになっていると思います。
15年連続でダッカ大学の合格者を輩出。難関国立大学への合格者は500名以上に上る。
海外ルーツの子どもたちを
支援する新たな国際貢献
── 日本で新たな活動を始めていると聞いています。
三輪 これまで14か国で活動してきましたが15か国目は「日本」です。2024年から海外をルーツとする子ども(越境児童)の支援を本格的に開始しています。きっかけは我々のサポートを受けた卒業生の一人が「日本で恩返しをしたい」といって日本で働いていたもののお子さんが学校に馴染めず家族で帰国してしまう出来事がありました。その時、彼から「恩返しできなくてごめんなさい」という言葉を受けたことに大きな衝撃を受け、越境児童の課題と向き合う必要性を強く感じたのです。
2023年に1年間かけて日本国内の状況を調べました。その結果、特に外国人が散在する地域では予算確保も難しく、専任の担当者を配置できている自治体は僅かといった「支援人材の不足」の課題がありました。また、日本語教育以外の支援の必要性も大きな課題でした。特に学校から要望が多かったのは「算数」です。掛け算の九九の段階でつまずく越境児童が多かったのです。こうした調査を経て、私自身、越境児童が多い静岡県掛川市に移住し、自治体と連携して様々な実証を行なっています。
具体的には、我々の卒業生が、オンライン家庭教師として越境児童に算数を教える側になる、かつて支援し、今では教師になったフィリピン等の卒業生に、越境児童の母語支援員として活躍してもらうといった活動です。オンラインかつ海外の教師にお願いすれば自治体の予算内でも実現できるはずです。現在、「オンライン個別伴走支援プログラム」として、公立学校での活用を自治体に提案。静岡県内の自治体(掛川市・菊川市・御前崎市)と連携してトライアル事業を進めています。例えば、掛川市では市内の越境児童にオンライン学習支援をするための予算化も進めていただいています。現在は全国展開に向けたモデル作りの段階ですが、2027年には拡大フェーズへの移行を目指しています。
各国の仲間たちが、日本の越境児童たちにオンラインを活用した算数の個別伴走支援を実施。
── 今後をお聞かせください。
途上国を支援していると「なぜ国際協力をしているのか?」とよく言われます。日本の活動は我々が支援してきた卒業生に支援する側になってもらっています。これまでの国際協力の成果が日本の活動に活かされています。途上国の力を借りて日本の課題解決を図る「国際協力の逆転」とも言える日本での活動にとてもワクワクしています。各国の仲間たちも「日本に恩返しができることが嬉しい」と話してくれ、積み上げてきた点と点が繋がった確かな手応えを感じています。また、日本式の算数の教え方は例えばフィリピンにとても人気です。日本の教育コンテンツも世界に勝負できる強みを持っています。そうした日本の教育コンテンツを世界に広めていく。いま日本の子どもたちをサポートしている教材も国を超えて世界に広がっていく。それが私の思い描く未来です。