人事図書館 人事担当者の悩みに寄り添う 学びと交流の新たな拠点

人事関連職が集まり、学び、相談できる場として2024年4月に開館した「人事図書館」。匿名性を保ちながら実務の悩みを共有できる仕組みや、3000冊以上の蔵書、全国各地での出張開催などを通じ、人事の学びを支えている。館長の吉田洋介氏に立ち上げの背景や特徴など話を聞いた。

人事担当者の
“孤独”を解消する場へ

吉田 洋介

吉田 洋介

株式会社Trustyyle 代表取締役
人事図書館 館長
立命館大学大学院政策科学研究科修了後、2007年リクルートマネジメントソリューションズに入社。海外事業立上、九州支社長、スクール事業責任者などを歴任。2021年3月株式会社Trustyyleを設立し大手~スタートアップまでの組織人事を支援。2024年4月東京人形町に人事図書館を設立。主な著書に『「人事のプロ」はこう動く』(日本実業出版社)がある。

── 2024年4月に人事図書館を立ち上げた背景をお聞かせください。

吉田 一言で申し上げれば、「人事という職種の孤独を解消したい」という思いが起点にあります。

人事は組織の根幹に関わる機密情報を扱うため、社内で気軽に相談できず、非常に孤独になりやすい仕事です。特に近年は、働き方の多様化や法改正など環境変化が激しく、これまでの経験だけでは通用しないので、情報のキャッチアップが常に求められています。

一方、現場では「人事の経験値ギャップ」という課題が深刻化しています。ベテラン層と若手、あるいは大企業とスタートアップでは、抱えている課題や環境に大きな差があり、経験値にも差が生じています。

オンラインコミュニティも増えてはいるものの、利害関係のない場所で、「今日、この瞬間の悩みを誰かと分かち合いたい」という切実なニーズがコロナ禍を経て、より顕在化していました。そうした想いに応えるために、人事担当者がいつでも集まれる物理的な場として、図書館という形態を選びました。

本に囲まれた館内は利用者それぞれが過ごしやすく自然な交流を生みやすい空間となっている。

人事図書館の象徴ともいえる「Book Tree」。館内には約3000冊の人事関連の書籍を揃える。

匿名で学び合える
人事のための図書館

── 人事図書館の概要や特徴について教えてください。/p>

吉田 人事図書館は東京・人形町に拠点を構え、24時間365日利用可能なコワーキングスペースであり、相談ができるコミュニティ拠点です。現在は3000冊以上の人事関連書籍を備え、全国に約900名の会員がいます。また「仲間と学びで、未来を拓く」をタグラインに掲げ、月に15回から20回ほどイベントを開き、学びと交流の場を提供しています。

大きな特徴は、会社名や個人名を伏せて参加できることです。人事の仕事には、社内で気軽に話せないテーマが多くあります。そのため、名刺交換を原則として行わず、呼ばれたい名前を記したネームストラップを着用いただくことで、心理的安全性を担保しています。

また、「交流希望」は赤色、「集中モード」は青色のストラップを選ぶことで、互いの状態を視覚的に認識できるようにしています。

── 蔵書の閲覧傾向から見える、最近のトレンドはありますか。

吉田 蔵書は貸し出しではなく、その場で読んでいただく形です。読み終えた本は返却棚に戻していただき、その状況から最近のトレンドを分析しています。最近の傾向は大きく二つあります。一つは、人事の基礎・基本に関する領域です。開館以来、安定した需要があり、初めて人事を担当する方や、人事経験の浅い方にとって、まず何から学べばよいのかを知る入口になっています。

もう一つは、AI関連です。人事の仕事がAIに代替されることへの危機感に加え、今後はAIエージェントも含めた組織設計を誰が担うのかという議論が始まっています。人事に期待される役割がヒューマンリソースの枠を超え、AIを含めたリソース全体の最適化へと広がっていることを実感しています。

イベントを通じて
実務の知見と本音を共有

── イベントや勉強会の具体的な取組みをご紹介ください。

吉田 人事関連書籍の著者を招いた書籍の解説や、人事系ベンダーによる最新トレンドの紹介、人事制度や採用、労務などの特定の領域を深掘りするゼミなど、多岐にわたります。形式も、オンライン、オフライン、ハイブリッドを取り入れ、多様なニーズに応えています。

特定のテーマに絞ったイベントなどを定期的に開催している。

なかでも「腹を割って話そうシリーズ」は非常に高い反響をいただいています。これは産業医や社会保険労務士など、通常は利害関係から率直な対話が難しい専門家を招き、匿名性を活かして本音で議論を交わそうという企画です。

契約相手には聞けない実務の細かな悩みや、専門家側から見た人事への要望をぶつけ合うことで、課題解決の解像度を高めています。

── 地域に出向く「出張人事図書館」の活動を広げています。その狙いはどこにあるのですか。

吉田 日本全体で見ると、人口減少は避けて通れないテーマです。

ただ、東京にいると、その課題が見えづらく、情報の感度が鈍くなりやすいという危機感がありました。だからこそ、私たち自身が地域に出て、地域固有の課題を学びながら、最新の人事の知見や事例を届け、地域や業種、役職を越えた交流を促したいと考えました。各地域の会員が起点となり、人事担当者や経営者を集める形で15名以上の参加者が集まれば、どこでも無料で開催するというスタンスです。静岡では「人事と経営者のコミュニケーション術」、三重では「人事の歴史」をテーマに、今年は既に10カ所で開催しました。

地域開催のニーズは大きく3つあります。地域の人事同士でつながりたい、普段会えない人事図書館のメンバーと対面で話したい、個社ではなく地域全体で人や組織の課題に向き合うきっかけをつくりたい、というものです。これらのニーズに応えるために、人事図書館を活用していただいています。

── 運営を支えるスタッフや、会員の特徴について教えてください。

吉田 スタッフは、現役の人事担当者や経営者、あるいは過去に人事を経験してきたメンバーで構成されています。なかには、かつて経営者として組織運営に苦労し、人と組織の重要性を痛感したメンバーもいます。人事にまつわる痛みを経験し、乗り越えてきた人たちが集まっている点も大きな特徴です。また、北海道から九州まで全国に地域スタッフがおり、東京発の情報に偏ることなく、日本全国の人事に資する存在でありたいという共通の想いを持っています。

会員の属性は、大企業からスタートアップまで幅広く、業種、規模、役職、年代もさまざまですが、共通しているのは約7割が自費参加という点です。会社から与えられた学びではなく、個人としての強い危機感や向上心から参加されている方が大多数を占めています。

一方、最近では人事変革を掲げる企業が、部員全員を登録させて組織の底上げを図るような、法人単位での活用も増えつつあります。

人事としての力量を可視化し
学びを支援する

「Meeting Studio」では勉強会等を開催できる。

一人でじっくり本を読みふける「没頭ブース」。

── 今後の展開を教えてください。

吉田 大きな構想としては、人事としての「守・破・離」における「守」、つまり基礎を徹底して習得できるインフラになりたいと考えています。各社が個別に人事育成に取り組むのではなく、人事図書館に来れば、基礎からしっかり学び、成長して帰っていける。そうした場所を目指しています。その一環として、人事の力量を可視化する診断チェックリストをリリースしました。

これはAIを活用し、学習コンテンツと連動させて個人のスキルアップを可視化する仕組みです。

人事の仕事は採用、労務、人事制度、組織開発、育成、評価など非常に幅広い領域に及びます。しかし、「自分がどの領域に強く、どこに課題があるのか」を客観的に把握する機会は多くありません。

そこで、人事としての力量を見える化し、必要な学びにつなげる仕組みをつくりたいと考えました。

このチェックリストと人事図書館が持つ学習コンテンツを連動させることで、単にスコアを上げるだけでなく、結果的に昇進・昇格しやすい力を身につけていただけるようにしたいと考えています。

── 最後にメッセージを。

吉田 AIの台頭により、人事のあり方そのものが大きく問われる時代になりました。これまで人事が担ってきた業務の一部がAIに代替されるようになれば、「人事は本当に事業に必要なことに向き合えているのか」がより明確に問われるようになります。実際に、最近は採用領域を中心に、「AIをどう活用すべきか」「自分たちの仕事はどう変わるのか」という危機感を持つ方も増えていると感じます。

一方で、AI時代になっても、人と組織に関する悩みがなくなることはありません。だからこそ、人事としての専門性を磨き続けることが、これまで以上に重要になります。ただ、それを一人で続けるのは簡単ではありません。人事図書館が、学びや相談、仲間とのつながりを通じて、皆さまが孤独を感じることなく挑戦を続けられる場でありたいと考えています。