学習塾・予備校特化の事業承継で民間教育業界をアップデートする

学習塾や予備校の事業承継を通じ、地域に根ざした教育の価値を次世代へつなぐ教育スタートアップのトキツカゼ。NPOでの教育支援やスタートアップでの事業経験をもとに、弱冠21歳で起業した代表取締役CEOの谷津凜勇氏に、学習塾・予備校の事業承継の意義や展望などを聞いた。

後継者の担い手不足など
民間教育業界が抱える課題

谷津 凜勇

谷津 凜勇

株式会社トキツカゼ 代表取締役CEO
22歳。東大寺学園中高を卒業後、東京大学を経てカリフォルニア大学バークレー校で教育科学を学び、起業に専念するため中退。東大在学中に大手教育NPOで中高生の伴走メンタリングや教育プログラムの企画運営などに従事。渡米後は(株)Schooなど教育・人材系スタートアップに複数参画し、新規事業立ち上げを牽引。UCバークレー在学中に(一社)52Hzを共同創業し、日本最大のオンライン海外大進学支援コミュニティに成長させ、探究支援プログラムの事業開発・収益化を主導。自社を黒字化に導いた一方で、同業他社が休廃業していく現実に直面し、民間教育業界のアップデートを志して2025年に(株)トキツカゼを起業。

── 2025年10月にトキツカゼを起業した背景をお聞かせください。

谷津 理事として共同創業した一般社団法人52Hzの活動をはじめ、高校・大学時代から複数のNPOに参画し教育支援に携わってきました。探究学習やキャリア教育、起業家育成、海外大学進学の支援などに取り組む中、NPOとして、インパクトを生み出すためにはスピード感や持続性に限界があると感じました。

一方、教育系や人材系のスタートアップで複数の新規事業の立ち上げに携わってきた中で、企業が教育的価値と経済合理性を両立しながら社会に大きなインパクトを与える可能性を実感しました。

そうした中で見えてきたのが学習塾や予備校など教育業界に特化した事業承継でした。学習塾業界では倒産・休廃業件数が過去最多を更新し続けています。私自身が地域密着型の塾に通っていたこともあり、教育知見のある方々が経営上の理由で現場を離れざるを得ない状況を見て、自分が果たすべき役割は、教育者としてではなく、経営側から優れた教育者を支えることだと考え、起業するに至りました。

社名の「トキツカゼ」は古語で、「良い時代の潮流を運んでくる風」という意味です。私たち自身が起点となり、より良い教育を社会に広げていく。その先陣を切る存在になりたいという思いを込めています。

── 学習塾業界には、どのような事業承継ニーズがあるのですか。

谷津 事業承継のニーズは、必ずしも赤字経営から生まれるわけではありません。学習塾業界では、全体の6〜7割が黒字経営を維持しており、全国には約5万校舎があると言われています。事業として成立している塾が多い一方、後継者不在や経営者の高齢化により、教育の質に問題がなくても事業を継続できないケースも少なくありません。地域に根ざして高い教育価値を提供している塾は多く、こうした優良な中小塾に特化して事業承継を進めることが、当社の中核事業になります。

おかげさまでM&A業界・教育業界から期待されて、毎月数十件の案件が寄せられています。当社には10年以上M&A実務の経験を持つメンバーをはじめ、マーケティングや業務改善に強みを持つメンバーが参画しています。

私自身も教育現場に携わり、教育系スタートアップの社長室でIPO も経験しました。教育と経営の両面を深く理解し、組織として支援できる体制を整えていることが、信頼につながっているのではないかと思います。

3つの特徴がある事業承継を軸に
教育事業を再構築する

── 事業承継の特徴などについて教えてください。

谷津 当社の事業承継には「塾の理念とブランドを守る」「スタッフの雇用を守る」、「スタートアップとして永久保有する」という3つの特徴があります。それゆえ、教科指導 そのものには手を加えず、マーケティングや組織づくり、業務のDXといった周辺領域で支援し、事業の持続性を高めていきます。

承継案件の対象となる学習塾・予備校は、財務状況に加え、経営者や現場の先生方の教育への思いに共感できるか、承継後にシナジーが見込めるかを重視しています。対象は独立系で、経営者が自分なりの教育理念を持って運営してきた塾ですね。

── 事業承継を実行した案件には、どんな背景があったのでしょうか。

谷津 第1号案件の「大学受験予備校apsアカデミー」は、1999年の開校以来、学習カリキュラムの個別作成と少人数指導で1人1人の努力に寄り添う「大学受験のトータルコーディネート」を提供し、多くの生徒・保護者の方から好評を得てきました。校長先生ご自身は今後も教育に携わりたいという強い思いをお持ちでした。ただ、高齢化によって体力や気力の面で負担があり、マネジメントまで手が回らない状況になっていました。当社を選んでいただいたのは、「これまでの学習塾にはなかった取り組みをしてくれるのではないか」という期待があったからだと考えています。

中小塾の多くは地域密着で生徒の進学支援を手掛けてきた一方、生成AIの登場など社会が急速に変化していく中で自力でさらに成長していくことに限界を感じています。そこでAPSアカデミーでは、SNS広告の運用などウェブマーケティングを進めています。また、探究学習の知見や、コーチング、メンタリングの考え方を取り入れたチューター研修も実施しています。教育内容そのものを変えるのではなく、生徒との対話の質を高め、教育の価値をより発揮できる状態を目指しています。

現在は首都圏で複数の学習塾を運営しており、今後も連続的に事業承継を進めていく計画です。ただし、M&A後のPMIには、教育業界特有の難しさがあり、成果が出るまでに時間が掛かります。だからこそ、スピードだけを優先するのではなく、教育の価値をきちんと引き継げる案件を前向きに検討していきたいと考えています。

子どもの自己効力感を育む
教育インフラの担い手を目指して

── 今年4月、「安全な教え手の行動規範」を策定されました。

谷津 2026年12月に、こども性暴力防止法、いわゆる日本版DBSが施行される予定です。現時点では学校への導入が義務付けられる一方で、学習塾は任意とされていますが、中小塾でも制度対応は重要な課題です。対応が遅れれば、保護者や社会からの信頼を損なうにもかかわらず、法制度への背景理解を深めて適切に対応するのは中小塾にとって難しいのが現実です。今回の行動規範は、こども家庭庁アドバイザーも務める一般社団法人Every beingの共同代表に監修いただき、共同で策定しました。今後は、事業承継やM&Aを通じてグループに加わった学習塾に導入していきます。

── 最後に、今後の展望についてお聞かせください。

谷津 将来的には、日本社会の教育インフラを担うグループになりたいと考えています。2030年のグロース市場へのIPOを目標に、同じ理念を持つ学習塾の集合体として、大手に比肩する存在を目指します。

根底にあるのは、中高生の自己効力感の低下に対する課題意識です。自分の将来や可能性に前向きなイメージを持てない子どもたちに、自ら問いを立て、能動的に考える経験を届けたいと考えています。中小塾はこれまでも、一人ひとりの生徒が自分らしい進路を見つけ、手応えを持って学べるよう支援してきました。私たちはそうした理念と実践を持つ塾とともに、子どもたちの自己効力感を育む教育インフラを築いていきたいと思います。

M&A成立後、2つの企業が経営資源や組織、業務プロセスを融合させ、相乗効果を最大化するための統合プロセス