『科学的根拠(エビデンス)で子育て─教育経済学の最前線』

『科学的根拠(エビデンス)で子育て
─教育経済学の最前線』
中室牧子 著/312頁/1800円+税/ダイヤモンド社
勉強だけできても実社会では役に立たない。半ば負け惜しみのように言われることもある台詞だが、実は多くのデータによって正しいことが証明されている。学力テストやIQテストで計測できない非認知能力の重要性が明らかになってきた。
もちろん認知能力と非認知能力は互いに影響し合っており、ある時点で獲得した非認知能力が、その後の教育投資の生産性を高め、認知能力を伸ばす助けになることもある。幼い頃に勤勉さを身につけた子どものほうが、のちに学力が伸びやすいことはイメージしやすいだろう。さらに、非認知能力の影響は中年以降にも及ぶ。シカゴ大学の研究によれば、非認知能力と将来の収入の関連は、40〜60歳の間で最も大きくなることが分かったという。
こうした調査研究を可能にしているのが、何十万人、何百万人という単位の子どもたちの成績、行動、進路などが含まれるビッグデータだ。近年では一人の人間を誕生時から長期にわたって調査し続けたデータの蓄積も進んでいる。そうしたデータから導かれたエビデンス(科学的根拠)に基づき、教育経済学の専門家である著者が、教育や子育てに有益な提案をするのが本書である。
教育政策を考える上で注意すべきポイントとして著者が指摘するのは、教育を受ける「需要側」と、公教育や教育サービスを提供する「供給側」のどちらに働きかけるのが有効かという点だ。
例えば、学費の無償化という政策は、需要側への支援策として効果が期待できる一方、同時に供給側のキャパシティを高めなければ、教育の質の低下を招きかねない。本書では、カナダ・ケベック州における1997年以降の大規模な保育料引き下げ政策が介紹されている。小さな子を持つ家庭にとっては大きな恩恵だっただろうが、長期的には必ずしも好ましい結果となったわけではない。保育料引き下げ後に保育所を利用した子どもを追跡調査したところ、成人後の非認知能力、健康、生活満足度、犯罪関与に悪影響があったことが分かった。因果関係については議論が続いているものの、幼児教育の質の低下を指摘する声が高い。
日本では教育政策の効果を科学的に検証する習慣はほとんど根付いていない。これこそが最大の問題だと著者は警鐘を鳴らす。ようやく最近になって「エビデンスに基づく政策形成」が重要だという考え方が浸透しつつあるが、エビデンスとのつきあい方は熟していない。エビデンスを盲信することなく、いかに使いこなして教育の質を高めるべきか。本書がそのヒントになるだろう。
新刊一覧
●教育学
批判的思考と教育
還元主義学力論批判
ジョン・E・マクペック 著、渡部 竜也 訳/270頁/4000円+税/春風社
図表でみる教育
OECDインディケータ(2024年版)
経済協力開発機構(OECD)編著、大久保 彩ほか 訳/544頁/8600円+税/明石書店
教授学への招待
教えることと学ぶことの科学的探究
エヴァルト・テアハルト 著、松田充、宮本勇一、熊井将太 訳/264頁/3900円+税/春風社
●学校教育一般
なぜかきらわれない生徒指導
前 哲央 著/212頁/2130円+税/東洋館出版社
教師という生き方
藤原 友和 著/152頁/1800円+税/東洋館出版社
学校教育目標(スクール・ポリシー)の
アセスメントとカリキュラム・マネジメント
の組織化に向けて
溝上 慎一 編著/164頁/2000円+税/東信堂
学校は甦る
その現状と未来を考える
永井 崇、根本 太一郎 著/304頁/1100円+税/扶桑社
学校教育相談
理論と実践のガイドブック
春日井 敏之、梅川 康治、栗原 慎二、藤原 忠雄 編著/112頁/2000円+税/ほんの森出版
伝わる・響く・整う
小学校長講話100
中嶋 郁雄 /224頁/2160円+税/明治図書出版
●幼児教育
保育も子育ても新しく!
21世紀の証拠に基づく「子ども育て」の本
掛札 逸美、酒井 初惠、髙木 早智子 著/232頁/2500円+税/ぎょうせい
●特別支援教育
学校に行けない子どもに伝わる声がけ
今野 陽悦 著/232頁/1600円+税/WAVE出版
イラストでわかる
LD・学習困難の子の読み書きサポートガイド
22の事例と支援の実際
小池 敏英 監修・編著、雲井 未歓、後藤 隆章 編著/224頁/2800円+税/合同出版
「子ども繊細さん」への声かけ
敏感な子どもへの伝え方・距離感・接し方がわかる!
時田 ひさ子 著/232頁/1450円+税/SBクリエイティブ
●人材育成・マネジメント
マネジメントは嫌いですけど
関谷 雅宏 著/136頁/1600円+税/技術評論社
失敗事例から学ぶ!
マネージャーの思考術
管理職の“落とし穴”に陥らないための具体と抽象の往復トレーニング
坂田 幸樹 著/224頁/1680円+税/翔泳社
形骸化させない
研修体系とスキルマップのつくりかた
株式会社フィールドマネージメント・ヒューマンリソース 小林 傑ほか 著/220頁/
2400円+税/ディスカヴァー・トゥエンティワン
問いから考える人材マネジメントQ&A
八代 充史、梅崎 修、倉重 公太朗、吉川 克彦 編著/248頁/2800円+税/中央経済社
●その他
映画で読み解く
イギリスの名門校
エリートを育てる思想・教育・マナー
秦 由美子 著/248頁/940円+税/光文社
「ほどほど」にできない子どもたち
―達成中毒―
ジェニファー・ウォレス、信藤 玲子 著/326頁/2400円+税/早川書房
最新脳研究でわかった
超難関中学の
もっとおもしろすぎる入試問題
松本 亘正 著/208頁/940円+税/平凡社
『よくわかる! すぐ始められる!学級経営をガラリと変える「超実践的」心理的安全性アプローチ』
注目の一冊

『よくわかる! すぐ始められる!
学級経営をガラリと変える「超実践的」
心理的安全性アプローチ』
田中 翔一郎 著/224頁/2200円+税/学事出版
学級経営においては心理的安全性の確保が欠かせない。だが、どれほど心を砕いても手応えが得られず、苦手意識を持っている教員も多いだろう。
小学校の教員である著者は、自らの試行錯誤と悪戦苦闘から得られた実践のヒントとして、「教師観」「子ども観」を変えることから始めようと説く。
机上の空論ではない、現場主義に基づく本書のアプローチは、職員室の心理的安全性向上にも役に立つ。子どもたちだけでなく教員のためにも、本書を参考に、多くの学校が安心安全な学びの場となることを期待したい。