『教育政策をめぐるエビデンス』

教育政策をめぐるエビデンス

『教育政策をめぐるエビデンス
─学力格差・学級規模・教師多忙とデータサイエンス』
中西 啓喜 著/296頁/3600円+税/勁草書房

「エビデンス」という言葉が当たり前に使われるようになってきた。教育政策を巡る議論でも同様に、エビデンスを求める姿勢が強まっている。だが、そのようにつくられた政策がエビデンスに基づいて実行されるとは限らない。そもそもエビデンスに基づいた教育の政策立案が、より良い教育につながるというエビデンスがあるわけでもない。現状をそう見る著者が、「なぜエビデンスに基づいた教育政策の議論は困難なのか?」を主たるリサーチクエスチョンに据え、その有用性と課題を論じるのが本書だ。

ここで検討されているのは、公立小中学校の児童生徒と教師を主な対象とする、学級規模に関するエビデンスに限定した教育政策だ。その理由について著者は2つの点を挙げている。まず、日本の義務教育における平等は学級規模を基準に設計されており、学級を単位として教師を配置することで全国的な教育機会と水準保証が規定されていること。さらに、学級規模は政策的にコントロール可能であるためだ。政策効果の研究は介入可能性の高い要因に着目しないとほとんど意味を持たないとの考えに依る。

副題にある学力格差への影響や、教師の労働との関わり、教育に向けた人々の公的支出の意識についての趨勢などについて、本書では緻密なデータ分析とともに検討されている。その一端を紹介しよう。例えば第4章では、全国学力・学習状況調査における5年間の追跡データを用い、学級規模の縮小が学力を向上させるのかについて検証している。著者の分析によれば、小規模学級ほど学力スコアが高くなるという知見が得られたという。その全体的な効果に関しては、小学6年生と中学3年生の両方に対し、全教科において統計的に優位な結果となった。だが、30〜41人未満学級から20人未満学級に変化した場合の効果は、学力スコア1ポイント未満と小さなものだった。こうした細やかな分析結果が示されている。

冒頭に紹介したリサーチクエスチョンの回答が終章で示されている。それは「エビデンスに基づく政策立案が父権主義的に利用されると、現場知が軽視されかねないため」だ。「政策の議論において重要なのは、エビデンスを中心に考えることではなく、目標となる社会状態を想定し、そこから逆算して政策体系を設計・検討すること」だと著者は主張する。さらに、「社会調査から得られるような『目が粗いが網の広い』データや現場知から有益な情報が得られることもある」と説く。昨今、あらゆる場面で幅を利かせるエビデンス至上主義に一石を投じる一冊だ。

新刊一覧

●学校教育一般

教えない技術
「質問」で成績が上がる
東大式コーチングメソッド

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それでも先生を続ける理由
「先生」に迷っているあなたへ
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スクールリーダーにとって大切な10のこと
崖っぷち校長奮闘記
古川 光弘 著/236頁/2200円+税/東洋館出版社

明日も元気に学校に行くための
先生たちの「お守り言葉」

『月刊学校教育相談』編集部 編/128頁/1800円+税/ほんの森出版

こんなときどうする?
部活動の地域移行に伴う法律相談
学校・指導者・関係者の法的責任と対応

山本 翔 著/176頁/1800円+税/日本法令

高校教師のための
「探究学習」ガイドブック

上山 晋平 著/192頁/2160円+税/明治図書出版

●学級経営

はじめて学級担任になる
先生のための指示のルール

丸岡 慎弥 著/224頁/2060円+税/明治図書出版

●高等教育

大学入試の共通試験改革を
めぐるポリティクス

「拒否権プレイヤー論」による政策過程分析
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●ICT

ICT活用で主体的・協働的な学びを
つくる教育DX理論&実践ガイド

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●幼児教育

いただきます
モンテッソーリのせいかつえほん
北川 真理子 著、森 碧 絵/20頁/1300円+税/日本能率協会マネジメントセンター

●特別支援教育

発達障害大全
「脳の個性」について知りたいことすべて
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●人材育成・マネジメント

成功をめざす人に知っておいてほしいこと 新版
リック・ピティーノ 著、弓場隆 翻訳/192頁/1500円+税/ディスカヴァー・トゥエンティワン

失敗してわかった。リーダーが絶対に知っておくべき50のこと
木下 悠 著/240頁/1500円+税/かんき出版

リスキリング大全
キャリアの選択肢が増えて
人生の可能性が広がる
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●その他

学校に染まるな!
バカとルールの無限増殖
おおたとしまさ 著/176頁/800円+税/筑摩書房

誤解だらけの子育て
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がんばらない教育
笑い飯 哲夫 著/192頁/1400円+税/扶桑社

注目の一冊

『学びを育む 教育の方法・技術とICT活用教育工学と教育心理学のコラボレーション 』

『学びを育む
教育の方法・技術とICT活用
教育工学と教育心理学のコラボレーション 』
岩﨑 千晶、田中 俊也 編著、山田 嘉徳、中谷 素之ほか 著/304頁/2300円+税/北大路書房

ICTを活用した個別最適な学び・協働的な学びを推進する動きが加速し、教師にとって大きな変化のときを迎えている。本書はこうした問題意識のもと、対話によって人は学び、知識が構成される学びのメカニズムを踏まえながら、適切な教育方法の採用と授業設計について詳しく解説する。

全18章の各章には、目標、キーワード、演習、読書案内が付され、学びを深める工夫が施されている。教職を目指す学生にとっても、既に教育現場で活躍し、新たな教育方法・技術を模索する教員にとっても信頼できる一冊。