『対人支援に活かす ネガティブ・ケイパビリティ』

『対人支援に活かすネガティブ・ケイパビリティ』

『対人支援に活かす
ネガティブ・ケイパビリティ』

田中 稔哉 著/272頁/2000円+税/日本能率協会マネジメントセンター

日常的な人間関係においてもビジネス戦略においても、共感力が大切だとよく言われる。わかり合えることが是とされる風潮が強いが、「わかったつもり」に陥ってしまうリスクもある。特に対人支援を生業にしている人であれば、その思い込みから良かれと思って発した言葉が、相手を傷つけたり成長を阻害したりすることもある。

求められるのはネガティブ・ケイパビリティだ。どうにも答えの出ない、対処しようのない事態に耐える能力、もしくは性急に証明や理由を求めずに、不確実さや不思議さ、懐疑の中に留まり続けることができる能力である。明確な目標を掲げ、問題解決を目指すポジティブ・ケイパビリティとは対称的な能力だ。

本書が対象とする対人支援職は、医師や介護士、美容師、教員、企業の人事担当者、各種接遇スタッフなど多種多様。そうした現場で、ネガティブ・ケイパビリティはどのように発揮されるべきか。無論、正解があるわけではない。そこで本書では、対人支援職のエキスパート10人へのインタビューを通し、その言葉を引きながら、対人支援の現場におけるネガティブ・ケイパビリティのあり方を示そうと試みる。

エキスパートたちの支援対象者との関わり方はさまざまだが、それぞれの仕事への向き合い方に著者は共通項を見出す。例えば、エキスパートたちは一様に対象者を肯定的に見ているという。まずは「根本は善なる存在である」という姿勢だ。対象者は成長する力を持っており、かけがえのない存在であるといった見方も多くのエキスパートから伺える要素だという。例えば、国際線のキャビンアテンダントは、自分たちに不機嫌な態度を取る乗客がいたとしても、それは狭い機内に閉じ込められているストレスのためであり、生来悪い人ではない、環境がそうさせているのだ、と受け止めていると答えている。

「この人は○○な人」と安易にレッテルを貼るのではなく、理解しようとすることが、ネガティブ・ケイパビリティを発揮する上で大切だと著者は説く。それでこそ「対象者を信じ、対象者に委ね、待つことができている」のだと。

これは対人支援の現場に限ったことではないだろう。日頃いかに「わかったつもり」で相手を見ているか、誰しも思い当たる節があるのではないか。いったん自分の枠組みを外して他者を理解しようとすること。そうした共感的想像力が、AIには代替できない人間らしいコミュニケーションを生むのではないか。本書は人との関わり方について、いま一度立ち止まって考えるきっかけを与えてくれる。

新刊一覧

●学校教育一般

教師の流儀 正解のない問いを考える
川上 康則 著/228頁/2000円+税/エンパワメント研究所

ウェルビーイングをデザインする
小中学生の非認知能力
自ら学ぶ意欲のプロセスモデルで育てる「自分らしく学び続ける力」
櫻井 茂男 著/176頁/2000円+税/図書文化社

学校心理学が提案! これからの生徒指導
『生徒指導提要』を学校心理学の視点から読み解く
石隈 利紀、八並 光俊 監修、山口 豊一、家近 早苗、田村 節子、中井 大介、水野 治久 編著/144頁/2000円+税/ほんの森出版

新時代の中等教育 実習事前・事後指導
土井 進 著/166頁/1800円+税/ジダイ社

●教科学習

「言葉による見方・考え方」とは何か
小林 康宏 著/240頁/2260円+税/明治図書出版

エンゲージメントを促す英語授業
やる気と行動をつなぐ新しい動機づけ概念
廣森 友人、和田 玲 編著/200頁/2400円+税/大修館書店

●学級経営

学級担任の一日
朝から放課後までの学級経営ルーティン
宮澤 悠維 著/256頁/2000円+税/学事出版

「ふつう」に心がざわつく子どもたち
LGBTQ+の子どもも含めたみんなが安心のクラスづくり
林 真未、鈴木 茂義 著/208頁/1960円+税/明治図書出版

●幼児教育

不適切保育はなぜ起こるのか
子どもが育つ場はいま
普光院 亜紀 著/224頁/940円+税/岩波書店

4・5・6歳 小学校の勉強がスイスイできる子になる
おうちゆるモンテッソーリのあそびと言葉がけ
菅原 陵子 著/224頁/1500円+税/実務教育出版

3歳から親子でできる! おうち実験&あそび
いわママ 著/128頁/1450円+税/ワニブックス

●特別支援教育

愛着アセスメントツール
4つのステップで愛着の問題を分析し
個別の支援に活かす
米澤 好史 著/80頁/2000円+税/合同出版

「気合」でやる気はでないから…
教室の中の実行機能

脳機能に寄り添う支援
今井 正司 著/192頁/2000円+税/明治図書出版

●人材育成・マネジメント

「叱れば人は育つ」は幻想
村中 直人 著/224頁/1130円+税/PHP研究所

新しい現場力
最強の現場力にアップデートする実践的方法論
遠藤 功 著/264頁/1800円+税/東洋経済新報社

人的資本を高める日本企業の
リスキリング戦略

山田 和延、油布 顕史、平野 留亥 著/208頁/3000円+税/東洋経済新報社

組織の未来は「従業員体験」で変わる
人手不足の時代にエンゲージメントを高める方法
上林 周平、松林 博文 著/224頁/1800円+税/英治出版

教育の超・人類史
サピエンス登場から未来のシナリオまで
ジャック・アタリ 著、林 昌宏 訳/496頁/3000円+税/大和書房

●その他

包括的性教育をはじめる前に読む本
社会を変える性教育
池田 賢市 著/184頁/1700円+税/新泉社

注目の一冊

『子どもの声からはじまる保育アセスメント 大人の「ものさし」を疑う』

『子どもの声からはじまる 保育アセスメント
大人の「ものさし」を疑う』
松井 剛太、松本 博雄 編著/228頁/2600円+税/北大路書房

こども家庭庁の発足から1年以上経過したが、真の「こどもがまんなかの社会」の実現は容易ではない。

子どもの学びや経験を捉える際、大人は無意識に自分の「ものさし」で評価していないだろうか。それでは一人ひとり異なる個性を持つ子どもたちを受け止めることはできない。本書は子どもの声に耳を傾け、対話し、揺らぎながら、自分の「ものさし」を問い直そうと説く。

イギリスなどの国際的な文脈と国内の実践から、子どもたちの声からはじまる保育アセスメントを考えたい。