『ライティング教育の可能性─アカデミックとパーソナルを架橋する』

『ライティング教育の可能性 ─アカデミックとパーソナルを架橋する』

『ライティング教育の可能性
─アカデミックとパーソナルを架橋する』

松下 佳代、川地 亜弥子、森本 和寿、石田 智敬 編著
/320頁/3000円+税/勁草書房

全国の国公私立大学に勤める教員を対象に2023年に実施されたアンケート調査によれば、学生の文章力が不足していると感じる教員は65.5%に上った。論理的思考力に欠けるとの回答も60%近くに達し、「大学生なら論理的な文章が書けて当然」といった期待が、もはや現実とは乖離していることが浮き彫りとなっている。こうした背景から、アカデミック・ライティングへの関心が高まり、初年次教育を中心に実践的な指導や研究が活発に進められている。

とはいえ、現在のアカデミック・ライティング指導は、調べた情報を論理的かつ明快な文章へとまとめる技術面に偏重しがちではないか。そうした問題意識のもと、本書は「書くこと」の教育的な広がりと深さに着目し、その可能性を多面的に探ろうとする意図から編まれている。

本書では、近代以前のライティング教育の歴史的整理、現代アメリカやフランスにおける指導法・評価制度、ルーブリックをめぐる議論など、多岐にわたる視点を取り入れている。

それらを貫く軸となるのが、「パーソナル・ライティング」という概念である。アカデミックな技術指導にとどまらず、人間形成という広い視野からライティング教育にアプローチし、アカデミックとパーソナルの両側面を架橋しようとする姿勢が明確に打ち出され、本書の特性を際立たせている。

本書は11名の執筆者による多様な視点からの論考によって構成されている。たとえば第8章では、日本の大学におけるパーソナル・ライティング教育の意義が詳しく論じられる。ここでいうパーソナル・ライティングとは、学生が自身の体験や思索を深く掘り下げて表現する文章活動、あるいはその教育実践全体を指す。著者がこの研究を始めた当初は、大学でそうした文章を書かせることに対する懐疑的な声も少なくなかった。文章教育といえばアカデミック・ライティングが当然とされていたためである。しかし著者は、学生の文章力低下の背景に、「私」の不在──すなわち自己と世界をつなぐ認識の起点の欠如、学びの主体の未形成という問題があると考えるようになった。実践を通じて、パーソナル・ライティングが学生の自己形成を促す有効な学びとなることが確認されたという。

生成AIによる文章生成が一般化した今日、「書くこと」の意味は根本から問い直されつつある。本書は、その問いに真正面から向き合い、教育の現場に新たな視座をもたらす貴重な一冊である。

新刊一覧

●教育学

主体的に学ぶ教育心理学
外山 美樹、長峯 聖人、海沼 亮 編著/
244頁/2700円+税/大学教育出版

東大生は本当に優秀なのか
「正解のある教育」ではなく「答えのない創造力」へ
田原 総一朗 著、竹内 良和 編/272頁/
1000円+税/毎日新聞出版

●学校教育一般

新時代の教育をクリエイトする教師
楜澤実 著/136頁/
2150円+税/東洋館出版社

生徒指導の“ほうれんそう”の仕方
チーム学校から保護者対応まで
片山 紀子、吉田 順 編著/184頁/
2000円+税/学事出版

●高等教育

専門書を読む
教員と学生でつくる10講座
吉田 文、濱中 淳子、渡邉 浩一 編著/
288頁/3000円+税/ミネルヴァ書房

教育ZEN問答
N高をつくった僕らが大学を始める理由
川上量生 著/184頁/
880円+税/中央公論新社

日本人の思考
ニッポンの大学教育から習性を読みとく
苅谷 剛彦 著/272頁/
960円+税/筑摩書房

●ICT

オンライン教育で日本はどう変わるのか?
西岡 壱誠 著/160頁/1250円+税/
発売:講談社 発行:星海社

●特別支援教育

「頑張れない」子をどう導くか
社会につながる学びのための見通し、目的、使命感
宮口 幸治、田中 繁富 著/176頁/
900円+税/筑摩書房

だいじょうぶ!
勇気を出せば、世界はもっと広がる

伊藤 芳浩 著/180頁/
1800円+税/フローラル出版

●人材育成・マネジメント

人的資源管理
事例とデータで学ぶ人事制度
佐野嘉秀、池田心豪、松永伸太朗 著/
282頁/2800円+税/ミネルヴァ書房

スキルベース組織の教科書
ジョブ型人材マネジメントのその先へ
EY Japan ピープル・コンサルティング 著、
鵜澤 慎一郎 監修/312頁/2700円+税/
日本能率協会マネジメントセンター

世界のマネジャーは、成果を出すために
何をしているのか?

井上大輔 著/312頁/1680円+税/
発行:クロスメディア・パブリッシング
発売:インプレス

アオアシに学ぶ「答えを教えない」教え方
自律的に学ぶ個と組織を育む「お題設計
アプローチ」とは

仲山進也 著/256頁/
1500円+税/小学館

●その他

子どもの体験 学びと格差
負の連鎖を断ち切るために

おおた としまさ 著/216頁/
950円+税/文藝春秋

中学生が多文化共生について
本気で考えてみた

山﨑 寛己 著、釜田 聡 監修/236頁/
2200円+税/東洋館出版社

もっと学びたい!
と大人になって思ったら

伊藤 賀一 著/208頁/
900円+税/筑摩書房

子どもの人生が変わる
放課後時間の使い方

島根 太郎 著/224頁/
1000円+税/講談社

注目の一冊

『非認知能力の発達 生涯にわたる変化と影響』

『非認知能力の発達
生涯にわたる変化と影響』

小塩 真司 編著/336頁/
2700円+税/北大路書房

子どもの発達のみならず、仕事における重要な資質としても、非認知能力への関心が高まっている。本書は「変化」と「影響」をキーワードに、人生全体にわたる非認知能力のあり方を、多面的に捉えようとする意欲作だ。

動機づけや自己効力感、成長マインドセット、創造性、対人スキルなど多様なトピックを通じて、心理特性相互の関連性にも着目しつつ、非認知能力がどう変容するかを探る。無条件に非認知能力を礼賛する風潮に、冷静な視点から一石を投じている点にも注目したい。