『実務家教員のこれまで・いま・これから』

『実務家教員のこれまで・いま・これから─人生100年時代の新しい「知」の発展』

『実務家教員のこれまで・いま・これから─人生100年時代の新しい「知」の発展』 実務家教員COEプロジェクト 編/240頁/2700円+税/社会構想⼤学院⼤学 出版部

高度に複雑化した現代社会において、アカデミアの知見だけでは解決できない問題が増える一方、産業界ではよりよい商品・サービス開発のために、常に最先端の知見を取り入れる必要がある。こうしたなかで切実に求められているのが「実務家教員」だ。実務家教員に期待されるのは、実務における豊富な経験に裏打ちされた「実践知」を、最先端の学術知を踏まえた上で体系化し、継承・教育可能な「形式知」へと変換して伝えることだ。

本書は、実務家教員の育成に注力する社会構想大学院大学の文部科学省採択事業「実務家教員COEプロジェクト」が、2019年以来取り組んできた5年間の活動実績の集大成だ。現時点における同プロジェクトの到達点を振り返り、実務家教員養成の現状や能力開発、実践的な取り組みがどのように行われているかを明らかにし、今後の実務家教員養成のあるべき姿を探っている。

本書では現役の実務家教員を含む13名の執筆陣により、理論から実践までの幅広い議論が展開されている。例えば「実務家教員のポートフォリオ」をテーマにした第7章では、筆者が実務家教員に転じて間もなく感じた戸惑いが語られている。大学で「ベンチャービジネス論」の講義を受け持ったものの、自分が真に伝えるべきものは何か思い悩み、実社会と大学の「ギャップ」に気づいたのだという。そこで民間企業やNPOとパートナーシップを組み、自ら起業支援の方法論を学び直した。そのなかで、学生に伝えるべきは起業家としてのマインドセットとスキルセットだと確信するに至った経緯が綴られる。実務家教員として自身をいかに更新し続けることができるか。そのプロセスが、ときに葛藤を交えて披露されているため、これから実務家教員を目指す人には大いに参考になるだろう。研究書でありながら、執筆陣の「生の声」が随所に盛り込まれているのが本書の魅力の1つだ。

もちろん、本書は実務家教員志願者ばかりではなく、実務家教員を登用する大学関係者や政策立案の担当者にとっても大いに役立つだろう。何より、実務家教員養成に関する研究の参照点として、5年間の実践がまとまっている価値は高い。

大学教員とビジネスパーソンでは、その評価軸が全く違うなど、実務家教員を取り巻く課題は少なくない。それでも、産業界と学術界を往還する教育改革のエージェントとして活躍する実務家教員が増えていけば、社会全体の「知」を底上げできるのではないか。人生100年時代、学び続けることの重要性が改めて感じられる1冊だ。

新刊一覧

●教育学

インプロ教育の探究
学校教育とインプロの二項対立を超えて
高尾 隆、園部 友里恵 編著/344頁/3200円+税/新曜社

●学校教育一般

「叱れない」「厳しくできない」でもうまくいく
「優しすぎる先生」の本
広山 隆行 著/240頁/2160円+税/明治図書出版

学びのエンジンをかける
机間指導
浦元 康 著/192頁/1860円+税/明治図書出版

社会を変える学校、学校を変える社会
工藤 勇一、植松 努 著/176頁/1800円+税/時事通信社

みんなが「話せる」学校
対話で学びと挑戦の土壌を創る
吉村 春美 著/192頁/2000円+税/学事出版

いじめ対応の限界
内田 良 編著/160頁/1700円+税/東洋館出版社

●教科学習

「探究する道徳科授業」のための
思考の技法

坂本 哲彦 著/180頁/2000円+税/東洋館出版社

●学級経営

あそびで育てるクラスづくり
北川 雄一 著/208頁/2060円+税/明治図書出版

●高等教育

学び3.0
地域で未来共創人材を育てる
「さとのば大学」の挑戦
信岡 良亮 著/240頁/1500円+税/フォレスト出版

「問い」から開く探究の扉0
宮城学院女子大学「探究」研究会、今林 直樹 編著/180頁/2000円+税/大学教育出版

●特別支援教育

普通をずらして生きる
  ニューロダイバーシティ入門

伊藤 穰一、松本 理寿輝 著/168頁/1300円+税/リンクタイズ

●人材育成・マネジメント

Z世代に嫌われる上司 嫌われない上司
加藤 京子 著/192頁/1400円+税/ぱる出版

すごい傾聴
小倉 広 著/328頁/1600円+税/ダイヤモンド社

職場のソーシャル・キャピタル
人的資源管理が創り出す個と組織の関係性 西村 孝史 著/244頁/3500円+税/中央経済社

シン報連相
一流企業で学んだ、地味だけど
世界一簡単な「人を動かす力」
曽和 利光 著/208頁/1480円+税/クロスメディア・パブリッシング

●その他

「頭がいい」とはどういうことか
脳科学から考える
毛内 拡 著/256頁/900円+税/筑摩書房

子どもの能力が伸びる
マインクラフトの使い方

タツナミ シュウイチ 著/254頁/960円+税/ポプラ社

英国エリート名門校が教える
最高の教養

ジョー・ノーマン 著、上杉 隼人 訳/216頁/1800円+税/文藝春秋

注目の一冊

『人はいかに学ぶのか 授業を変える学習科学の新たな挑戦』

『人はいかに学ぶのか
授業を変える学習科学の新たな挑戦』
全米科学・工学・医学アカデミー編、秋田 喜代美、一柳 智紀、坂本 篤史 監訳/396頁/4200円+税/北大路書房

教育界に大きなインパクトを与えた前著『授業を変える』から20年。本書は、この間に明らかになってきた研究知見を盛り込んだ最新版だ。

例えば、人種や民族、ジェンダーなどの社会文化的文脈、あるいは進化するデジタル技術は、学習にどのような影響を与えるのか。脳科学・神経科学などに基づいて明らかにされている。

多様な切り口から人の「学び」の謎に迫る本書は、研究者に有用なのはもちろん、現場の教員にとっては、授業設計の自信を深める上で大いに役立つだろう。