『カウンセリングとは何か─変化するということ』
 
『カウンセリングとは何か
─変化するということ』 
東畑 開人 著/448頁/1400円+税/講談社
カウンセリングという営みは、どこか「ふしぎの国」のように感じられる。密室で人が語り、ときに涙を流し、やがて変化していく─そのプロセスは、まるで魔法のようだ。著者は学生時代、臨床心理を学び始めた頃にそう感じていたという。似たようなイメージを抱いている読者も多いだろう。しかし、長年の臨床経験を経て著者が行き着いた結論は、カウンセリングは極めて現実的で、日常と地続きにある営みだということだ。
本書は、カウンセリングを社会の中の現実として捉え直す試みである。これまで精神分析や認知行動療法など多様な学派や技法が乱立し、知見は蓄積された一方で、全体像が見えにくくなっていた。各論が散在し、原理が置き去りにされてきたためだ。本書はその混沌を俯瞰し、「カウンセリングとは何か」という原論的な問いに正面から挑む。
著者が取る視点は2つ。1つは「社会からのまなざし」だ。カウンセリングを専門家の論理ではなく、生活者が、時には苦悩を抱えながら生きていくための支えとして捉え直す。冷蔵庫を語るとき、内部構造よりも「食べ物を冷やし、暮らしを支える装置」として語るほうが本質に近いのと同じだ。
もう1つの視点は、副題にもある「変化するということ」である。生活の危機や人生の行き詰まりに直面した人がカウンセリングを受けると、「何が」「どのように」変わるのか。著者は日常を生きる人々の目線からそのプロセスを明らかにする。変化は人が生きることそのものに内在しているのだ。
仕事の挫折や家庭内の不和、人生の転機など、私たちは日々変化を強いられている。うまく変われるときもあれば、立ち止まることもある。そんなとき、カウンセリングは人間本来の「変わる力」を取り戻すための支えとなる。カウンセリングで起きることと、私たちの日常の変化とは連続している。そこにこそ「ふしぎ」の正体があるのだ。
本書は、こうした視点からカウンセリングの全体像を描く。第1章では歴史的背景と社会的な位置づけを示し、第2章では「謎解き」としての初期段階を解説。第3章は生活の危機を乗り越えるための「作戦会議」、第4章は人生の行き詰まりに向き合う「冒険」として描かれる。第5章では「終わる」という体験が、いかに人の変化を支えるかを論じる。
臨床心理学の知と人文的思索を融合させて、カウンセリングの原理を問いながら「心とは何か」「人はなぜ変わるのか」を掘り下げる本書は、心のあり方を考えるための教養書とも言えそうだ。
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