『知性の復権─「真の保守」を問う』

『知性の復権

『知性の復権
─「真の保守」を問う』
先崎彰容 著/272頁/980円+税/新潮社

世界を分類する枠組みが崩れ、私たちは「民主主義 vs 権威主義」といった構図では説明しきれない時代に生きている。本書がまず示すのは、こうした混迷を引き起こす根本原因が、個人から国家に至るまでの「自己像の崩壊」にあるという診断である。国際秩序の不確実化、国内世論の過剰な反応、共同体の断片化。これらは互いに無関係ではなく、著者の言う「無極化」の渦によって連動している。

特に印象的なのは、自己承認への欲求が過度に刺激されるために、成熟するための時間と技術が奪われ、経験の断片が政治化されていく過程である。個人が「生きられた経験」の差異を絶対化し、そこに攻撃性が加わると、社会はたちまち緊張と分断に包まれる。SNSの空気、感染症をめぐる苛烈な相互監視、性的・暴力的表現をめぐる争点など、本書が取り上げる現象の1つひとつに、誰しも思い当たるふしがあるだろう。

さらに著者は、不安が暴力へと転じる心理のメカニズムを掘り下げる。生きがいや役割の喪失、挫折、自己嫌悪の増幅。こうした心的プロセスが、テロリズムやポピュリズムに接続される危うさが語られる。「思想家とは時代を診る医者である」と著者が言う通り、臨床的な観察記録にも似た記述が興味深い。歴史的事例や思想家の議論が織り交ぜられ、時代の空気が立体的に立ち上がってくる。

本書中盤では、保守という言葉の混乱、アメリカと世界の分断、そして「戦間期」からの教訓が連なって示されていく。世界秩序の揺らぎそのものに加え、それを受け止める側の日本の自己像がどれほど脆弱になっているかという問題が見えてくる。価値観や判断のよりどころが定まらない状態では、外交も内政も迷走せざるを得ない。著者が繰り返し強調するのは、時代の構造変化を「診断」せずに対処療法だけを重ねても、正しい方向は見えてこないという点である。

その上で最終章では「令和日本のデザイン」という挑戦的な課題へ踏み込む。提示されるのは、壮大な未来像ではなく、身の丈に合った新しい「富国強兵」、「集中」と「分散」の再考、国力の限界を直視する姿勢など、きわめて現実的な視座だ。明治の保守思想や日本人の生のリズムといった歴史的な視点を踏まえ、日本が持ち得た強さと弱さを照らし直しながら、「どの自己像ならば、この時代を生き抜けるのか」を探る試みと言える。

自己像の崩壊からはじまり、国家像の再設計へ向かうこの思想的アプローチに、混迷の時代を生きる誰もが静かな手応えを感じられるはずだ。本書が自らの足場を確かめるための指針となるだろう。

新刊一覧

●教育学

最新教育動向2026
必ず押さえておきたい時事ワード60&視点120
教育の未来を研究する会 編/264頁/
2060円+税/明治図書出版

学習指導要領はどう変わろうとしているのか
2030年の学習指導要領実施に向けた中教審
「論点整理」(令和7年9月)を読み解く!
佐藤 明彦 著/248頁/
2000円+税/東洋館出版社

社会モデル・人権モデルから見た
インクルーシブ教育概論
小国 喜弘 編著/176頁/
2400円+税/ミネルヴァ書房

●学校教育一般

先生の働き方を変える準備思考
先生の仕事は備えが10割

高森 崇史 著/208頁/
2000円+税/明治図書出版

生徒の探究心を広げる 「探究」の言葉がけ
藤原 彪人、浅見 和寿 著/160頁/
2200円+税/学事出版

通信制高校のすべて 2.0
「いつでも、どこでも、だれでも」の学校
手島純 編著/320頁/2500円+税/彩流社

●幼児教育

スタンフォード学習促進センターの責任者が
教える幸せな未来をつくる最先端教育
自ら学ぶ子どもの育て方
イザベル・C・ハウ 著、高山 真由美 訳/
480頁/2200円+税/KADOKAWA

自立した子どもになるための やらない子育て
いこーよ 子どもの未来と生きる力研究所 著、
青木康太朗 監修/160頁/1600円+税/扶桑社

●特別支援教育

配慮が必要な子どもの発達支援百科
100のQ&Aで保育・療育現場の悩みを解決!
藤原 里美 編著、三宅 浩子、久保田 真規子、
黒葛 真理子 著/240頁/
2600円+税/中央法規出版

特別支援教育コーディネーターがわかる本
役割と実践のポイント
川合 紀宗、田村 沙織 編著/194頁/
2500円+税/学苑社

場面緘黙の子どもが話せるように
なるための練習ガイド

親子で取り組むスモールステップ
レイチェル・バスマン 著、園山 繁樹、
佐藤 久美 訳/160頁/
2200円+税/ミネルヴァ書房

●人材育成・マネジメント

freee 成長しまくる組織のつくりかた
川西 康之 著/256頁/1600円+税/大和書房

ドイツ人のすごいリーダーシップ
上司が3週間休んでもうまくいく最高の仕組み
西村 栄基 著/224頁/1500円+税/すばる舎

任せる勇気
五十嵐 剛 著/232頁/
1600円+税/三笠書房

ニュー・エリート論
世界基準のビジネスパーソンが鍛える6つの知性
布留川 勝 著/336頁/1780円+税/
PHP研究所

戦略、組織、そしてシステム
「組み立てる」戦略思考の方法論
横山 禎徳 著/292頁/
2800円+税/東洋経済新報社

CTOの思考法
技術と組織を動かす意思決定・戦略・
リーダーシップ
Alan Williamson 著、上野 彰大 監訳、
長尾 高弘 翻訳/528頁/
2909円+税/マイナビ出版

●その他

学ぶことは、生きること
院内学級を通して学んだこころの教育
副島賢和 著/256頁/2200円+税/
金子書房

アメリカにおける
パーソナル・ライティングの展開

表現主義の理論と実践
森本和寿 著/324頁/5,200円+税/
勁草書房

注目の一冊

『ほんものの学びに夢中になる 関わりあい高めあう授業づくり』

『ほんものの学びに夢中になる
関わりあい高めあう授業づくり』
ローレン・ポロソフ 著、山元 隆春、竜田 徹、
吉田 新一郎 訳/256頁/
2800円+税/北大路書房

「ほんものの学びに夢中になる」とは、生徒たちが学習内容や課題、人間関係のなかに、自分自身を持ち込むことを選び取ることだと著者は言う。

授業や教材に教師が熱心なほど、生徒たちを受動的にする恐れもあると本書は指摘。生徒の惹きつけ方を考えるより、生徒が夢中になって学べる状況を整えるのが教師の役目だという。

夢中になることの目的は、生徒が人生の意味、活力、さらにコミュニティを見出すことにある。学びを人生の意味と結びつけて捉え直すための指針となる一冊だ。