国連大学学長が語る AIが変革する教育の未来と持続可能な社会

国連大学は、12ヵ国・13の研究所を通じて、SDGsの全ての目標に貢献する教育研究活動を展開している。AI研究の第一人者でもある国連大学学長のチリツィ・マルワラ氏に、AIが教育にもたらす影響と、日本の若者への期待、持続可能な社会実現に向けた展望を聞いた。

チリツィ・マルワラ

チリツィ・マルワラ

国連大学学長・国連事務次長
1971年、南アフリカ生まれ。2000年にケンブリッジ大学(英国)で工学分野の博士号を取得。前職は2018年よりヨハネスブルグ大学(南アフリカ)副学長兼校長。教授の研究は学際的な内容で、AIの理論や、工学、社会科学、経済、政治、金融そして医療への応用など。5つの特許を取得しているプロフェッショナルエンジニア(PE)で、著書は20冊以上。2023年3月1日に国際連合大学の第7代目学長及び国際連合事務次長に就任。同年8月より国際連合事務総長が新設した科学諮問委員会のメンバーに委嘱。

地球規模の課題解決や
SDGsの達成に貢献

── 国連大学のSDGsへの貢献と、世界の課題解決に資する教育研究活動についてお聞かせください。

国連大学は、国連システム全体のシンクタンクとして、過去50年にわたり人類の生存、開発、福祉など緊急性の高い地球規模課題の研究を中立の立場で行ってきました。

2015年の「2030アジェンダ」(国連総会で採択された、持続可能な開発のための国際社会共通の目標と行動計画)以来、SDGs達成に向けて私たちは研究と教育を通じて貢献してきました。現在、国連大学は12ヵ国に13の研究所を有し、400人以上の研究者が在籍しています。世界の各研究所で行われる教育研究活動を通じて、17のSDGs全てに貢献しています。

例えば、カナダにある「水・環境・保健研究所」(UNU-INWEH/リッチモンドヒル)は、SDGの目標6「安全な水とトイレを世界中に」を含む複数のSDGsに貢献しています。2023年には世界186ヵ国・78億人の水安全保障の状態を評価する報告書を公表しました。この報告書は、水安全保障の現状への洞察を提供し、水資源に関する情報の不足を明らかにすることで、世界中の政策立案者を支援しています。

人材育成について、国連大学は4つの研究所で3つの修士・3つの博士プログラムを提供しています。

日本を拠点とする「サステイナビリティ高等研究所」(UNU-IAS)ではサステイナビリティに関する修士課程・博士課程、ドイツの「環境・人間の安全保障研究所」(UNU-EHS/ボン)では環境リスクの地理学および人間の安全保障に関する修士課程、ドイツの「物質フラックス・資源統合管理研究所」(UNU-FLORES/ドレスデン)では水・土壌・廃棄物に関する博士課程、オランダの「技術革新・経済社会研究所」(UNU-MERIT/マーストリヒト)では公共政策・人間開発に関する修士課程と、持続可能な開発に向けたイノベーション・経済・ガバナンスの博士課程を提供しています。

各プログラムは持続可能な開発を推進する次世代のリーダーや研究者を育成することで、SDGsに貢献しています。2024年時点で、これらの課程には300人以上の学生が在籍しており、その半数以上が開発途上国出身です。

学位プログラムに加え、政府関係者向けの能力開発プログラムやオンラインコースなど、多数の非学位コースも提供しています。フィンランドの「世界開発経済研究所」(UNU-WIDER/ヘルシンキ)では、SDGの目標8「働きがいも経済成長も」に関する無料オンラインコースを実施しています。

AIによる教育の将来像と
求められる人材像の変化

── マルワラ学長はAIの研究者としても実績を残されています。今後、AIは教育をどのように変えていくと見ておられますか。

AIが教育に導入されることにより、個人に合わせたパーソナライズされた学習が可能になります。学習者一人一人のペースや関心、ニーズに合わせた学習方法が実現できます。教室に全員が座って一人の先生が教えるのではなく、多言語や学習困難者への対応も含め、各個人に最適化された学習を可能にします。

教育へのアクセスと包摂も向上します。自動翻訳や誰もが使いやすい支援ツール、低コストのデジタル家庭教師により、特に遠隔地や資源が限られた環境でも質の高い学習へのアクセスが拡大されるでしょう。

AIが教師に取って代わるという意見もありますが、私はそう思いません。AIは管理業務の自動化や授業計画の支援、学生の学習状況をリアルタイムで把握できる機能を提供することで、教師のエンパワーメントを後押しできます。教師はこれまで以上に生徒の様子を見たり、励ましたり、心のケアをしたりする人間的なつながりに集中できるようになります。機械にはできない、人にしかできない役割があるのです。

評価方法も変革されるでしょう。AIを継続的に活用することで、一発勝負の試験ではなく、批判的思考、創造性、協働といったスキルをより適切に評価できるようになります。

AIは教育だけでなく、アフリカを含む世界中の課題解決に貢献します。農業のICT化による食料安全保障、オンライン診療によるヘルスケア革命、フィンテックによる金融包摂、物流の最適化など、AIは持続可能な経済成長を実現する可能性を持っています。

ただし、AIの導入にあたっては利益を最大化し、リスクを最小化する配慮が必要です。データの保護、アルゴリズムによるバイアスの防止、人間による維持管理といった倫理的配慮は不可欠です。技術と安全性のバランスをはかり、国際社会、地域、国家、産業界のそれぞれで適切な規制を定めなければなりません。

私は技術のイノベーションや技術設計において、3つの側面を考慮すべきだと考えています。パフォーマンス、コスト、そして社会における責任です。責任には、環境の持続可能性、安全性、人を傷つける武器として使われないこと、マイナスの影響を与えないことなどが含まれます。

先行き不透明な時代、
求められる教育とは何か

── 先行き不透明な時代において、今後どのような教育が求められるとお考えですか。

これからの教育に求められることは多岐にわたります。まず第1に、レジリエンスと適応力が重要です。学生たちには、継続的に学習し続ける能力が必要になります。技術や労働市場は急速に進化していますから、変化を乗り越え、それに適応していく力を身につけなければなりません。

第2に、学際的で体系的な思考が求められます。現在私たちが直面している気候変動やデジタル化による急激な変化といったグローバルな課題に対処するには、複雑なシステムを理解できる力が必要です。分野の垣根を超えて知識をつなぎ、長期的な視点で考えることができるよう支援する、そういった教育が不可欠です。

第3に、デジタルとAIのリテラシーです。これは専門家だけの問題ではありません。AIの仕組みについての基礎的な理解と、デジタルツールを責任を持って使用する能力は、すべての学習者にとって必須のスキルです。国連大学はMicrosoftや東京大学と協力してAIリテラシーコースを開始しましたが、その背景にはこうした問題意識があります。

第4に、倫理、共感、そして地球市民意識の育成です。世界の結びつきが強まり、同時に分極化も進んでいます。こうした時代だからこそ、教育は共感する力、異文化を理解する力、そして人々と地球に対する共通の責任という感覚を育てていかなければなりません。

最後に、創造性と問題解決能力です。定型業務がどんどん自動化されていく中で、人間にしかできない能力、つまり創造性、イノベーション、協働的な問題解決などの重要性はさらに高まっていきます。これこそが、機械では代替できない人間の価値なのです。

日本の若者に大きな可能性、
日本での協業・連携に力を注ぐ

マルワラ学長は日本の若者への期待を語る。

── 日本の若者や子どもたちへの期待と、今後の日本社会の展望についてお聞かせください。

日本は国連大学にとって非常に重要な国です。SDGsを達成する上でも重要な役割を果たしており、日本の優れた教育機関と協力し、各種プログラムを通じて国際社会に貢献する取組みを進めています。

私は小学校から大学まで、日本全国の学校で授業や講演を行ってきました。日本の子どもたちや若者のSDGsに対する理解と関心のレベルには、いつも驚かされています。SDGsやグローバルな課題解決への若者の関心がこれほど高い地域は、世界でも多くはないと思います。

日本は自らの実践で世界をリードしている国です。世界中の人間の安全保障と福祉を推進する日本の役割は、とても重要です。若者が政策立案や社会的な議論・対話に意味のある参画ができることを保証できれば、日本社会の将来は非常に明るいものになると確信しています。

日本で学び、日本を理解する人材が、ビジネス社会をつなぐ架け橋となるでしょう。例えば、東京大学の研究者は、ジンバブエで使えるAIプログラムを開発されています。JICA(国際協力機構)などの機関も、グローバルサウスを含めた人材育成に貢献しており、日本の専門家が世界中の機関と協力しています。

昨年には、アフリカ開発銀行、東京大学、南アフリカのプレトリア大学の関係者が国連大学に集まり、協業による人材育成について話し合いました。アフリカの人材育成は日本企業にも利益をもたらします。日本を理解し、日本語がわかる人材を育成することは、ビジネスの観点から理にかなっているのです。

日本の若者たちには、夢と希望を持って、平和と繁栄に貢献していただきたいと思います。経済的な搾取ではなく、双方が利益を得られる公平な関係を築くことが重要です。日本の教育機関との連携により、国連大学と日本のつながりが深まれば、若者たちの夢も大きくなると信じています。今後も日本でどのような協業・連携ができるか、多くの方々と一緒に考えていきたいと思います。