リベラルアーツとグローバル教育 サコ学長が目指す高等教育改革

日本の大学初のアフリカ系大学長として国内外のメディアから注目を集めた京都精華大学のウスビ・サコ学長。2018年の就任時から、リベラルアーツやグローバル教育などを軸に大学改革を進めている。大学の改革と日本の学校教育の課題を伺った。

共通教育を重視した教育改革

ウスビ・サコ

ウスビ・サコ
(Oussouby SACKO)

京都精華大学学長
1966年マリ共和国・首都バマコ生まれ。85年、中国に留学し北京語言大学、東南大学で学ぶ。99年、京都大学大学院工学研究科建築学専攻博士後期課程修了(博士(工学))。01年、京都精華大学人文学部専任講師に就任。人文学部教授、学部長就任を経て、18年4月より現職。専門は「空間人類学」。研究テーマは「居住空間」「京都の町家再生」など。主な著書に『サコ学長、日本を語る』(朝日新聞出版社)、『「これからの世界」を生きる君に伝えたいこと』(大和書房)

京都精華大学は、政治学者であった故・岡本清一氏が中心となり1968年に開学した。初代学長となった岡本氏が提示した覚書には、建学の理念とも言える「人間尊重」「自由自治」が謳われている。日本初となる「マンガ学部」をはじめ「芸術学部」「デザイン学部」のほか、2021年度には「メディア表現学部」(ポピュラーカルチャー学部の改組)と「国際文化学部」(人文学部の改組)の2学部が新設される予定だ。

開学50周年の節目となる2018年、学長に就任したのが、マリ共和国出身のウスビ・サコ氏。就任当時は、日本初のアフリカ系大学長として国内外のメディアからも大きな注目を集めた。サコ氏の学長就任後、京都精華大学は、2024年度を到達点とするビジョン[2024SEIKA]を策定。教育・研究分野では、リベラルアーツ、表現、グローバルの3つの柱を重点施策として掲げている。

「リベラルアーツは、高い教養を身に付けることで、様々な社会課題に対して、自分の頭で考える力を養います。本学でリベラルアーツを実現するために、全学部生が学べる共通教育を重視したカリキュラム改革を進めました」とサコ学長は言う。

京都精華大学の卒業単位は124単位だが、このうち50単位を共通教育の科目群が占める形で全学部の教育課程を再編した。

これらの共通教育科目群は、各学部が元々独自で持っていた単位の中から、「語学」「表現」「デッサン」「哲学」「データサイエンス」「数学的思考」など、どの学部生にも必要となる知識、教養を抽出し、全学部生が受けられることで、幅広い知識と多角的な視点を身につけ、社会の課題解決に貢献できる力を育むことを狙いとしている。

さらに、このリベラルアーツの理念を推し進めた形で、2021年度には、新たに「人間環境デザインプログラム」を新設する。1学年16人の少人数で、国際文化学部と建築学科を中心に、全学部の領域を横断して学修するプログラムだ。

また同プログラムでは国内外を問わず、「町家の再生」や「過疎化と地域再生」などをテーマに現地のフィールドワークを重視している。こうした横断型学位プログラムは国外の大学では珍しくはないが、日本の大学では、あまり見られないとサコ学長は言う。

「本プログラムは、街づくり、地域づくりを支える人材を育てるのが目標です。いま、地方の自治体には、こうした分野のスペシャリストが少ないと感じます。また、実際に地域に生活することで、リアリティある持続可能な街づくり、コミュニティの在り方を提案することが可能だと考えていますので、本プログラムの卒業生には、地域の公務員、建築士、コンサルタントとして活躍してもらいたいですね」

グローバル教育とは何か

ビジョン[2024SEIKA]にある通り、京都精華大学はグローバル教育も推進している。多くの教育機関でグローバル化の声が聞こえる中で、同大学はグローバル教育をどの様に捉えているのか。

国内学生と留学生は、楽しみながら互いの文化や言語を学びあっている

国内学生と留学生は、楽しみながら互いの文化や言語を学びあっている

「単に外国語を学ぶだけではなく、各国や地域の文化を知り、お互いの知恵を共有し、よりよい共生社会を実現するための教育こそがグローバル教育だと考えています。特に、グローバル教育を考える上では、アフリカやアジア諸国との関りをより重視しています。例えばアフリカの経済を勉強しようとすれば、そこにはフランスが通貨保証をしているとか、欧州のどこかの国の関わりが自然と出てきます。アフリカやアジアを考える際は、必ず欧米が入ってくる。その意味で、より世界が俯瞰的に見えるのではないかと考えています」

国外の大学との連携も進めている。国際的な教育フォーマットと研究ネットワークのための連携プラットフォームとして、「Shared Campus」を共同で発足。京都精華大学を含む、チューリッヒ芸術大学、ロンドン芸術大学、ラ・サール芸術大学、香港城市大学、香港浸会大学、国立台北芸術大学の設立大学とフランス、ドイツ、中国などの国内外協力芸術大学が参画した。

「Shared Campus」や「Humanities Across Borders」では、グローバルに取り組むべき文化横断的な諸問題や学際的な協働作業に焦点を合わせて、国境を超えた学生、研究者の協働的な取り組みを推進する。また、共通教育のカリキュラム作りや単位互換などを進めているという。

「少子化が進み、将来、多くの大学が閉校してしまうといった危惧も聞かれますが、今後、選ばれる大学であるためには、世界的な基準を満たす教育を提供しているかが問われてくると思います。国境を超えて知識や文化を共有できる、世界の若者同士がコラボレーションする機会を提供することは、その一要素だと考えています」

サコ学長が語る、学校教育

サコ学長は1991年に来日、京都精華大学には2001年に赴任しており、現在は日本国籍も取得している。30年近く日本で生活しながらマリ人としてのアイデンティティも失わないサコ氏は、書籍やメディアを通じて、日本社会や教育に関する様々な違和感を指摘し、読者の共感を広げている。今の学校教育をどう見ているか。

「高等教育にも言えることですが、教育現場のディベートやディスカッションにしても、テンプレート化が進んでいて『ディスカッションはかくあるべき』と型に嵌める印象があります。本来、議論はより自由なはずで、周りの顔色をみて誰も痛まないように『空気を読む』必要はありません。そのためにも、『違う意見を言うのはあなたの人格を否定するのではない』ということをもっと子ども達に伝える必要があると感じます」

また、サコ学長は学校や親のタブー重視の教育姿勢にも釘をさす。

「日本は、何かと『ダメ』という言葉がよく聞かれます。しかも、ダメという時に限って、なぜか他人や世間を引き合いにだす。『サコ。これを言ったら日本人は怒るよ。僕は別に問題ないけど』という風に。日本は個人がなかなか出にくい社会だと感じます。常に誰かの視線を気にするあまり、大人しくしてればいいという空気が漂っていて、それに従う人も増えている気がします。だからこそ学校教育では、もっと褒める教育が必要だと思います。また日本の学校は、普遍的な人間を育てようとする側面が強すぎる気がします。知識や情報を平等に与えることは重要ですが、100人に同じ情報を与えたら100通りの回答がやってくるのが理想です。そのためにも子ども達の自主性を尊重して、創造性を豊かにする、子ども達が選ぶ道に多様性が生まれる、そんな教育を進めてほしいと思います」

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