名古屋大学 基礎研究からイノベーションまで 「世界と伍する研究大学」へ

自由闊達な学風のもと、世界と伍する研究大学を目指す名古屋大学。「Nextビジョン2027」では、研究と教育を通じて新たな価値を創造し、人々の幸福への貢献をミッションに掲げる。教育研究の特徴や成果、今後のビジョンについて、2022年4月から同大を牽引する杉山直総長に聞いた。

世界と伍する研究を基盤に
産学でイノベーションを創出

杉山 直

杉山 直

名古屋大学総長
ドイツ生まれ。早稲田大学卒業。理学博士(広島大学)。2006年名古屋大学理学研究科教授、理学研究科長、理事・副総長(統括・研究担当)を経て、2022年より現職。専門は、宇宙論、特に宇宙マイクロ波背景放射や宇宙の構造形成の研究。著書に『宇宙の始まりに何が起きたのか ビッグバンの残光「宇宙マイクロ波背景放射」』(講談社)、『相対性理論』(講談社)などがある。

──名古屋大学の将来像と目指すビジョンをお聞かせください。

本学は、「世界と伍する研究大学」として、世界トップレベルの研究力を高めることを目指しています。それと同時に、大学が生み出した研究成果を社会へつなげ、産学融合によってイノベーションを創出することも、これからの大きな柱だと考えています。具体的には、「世界と伍する研究」と「産学融合によるイノベーション創出」を2つの柱として大学運営を進めていきます。

研究の面では、ノーベル賞に代表されるような高い研究レベルを維持しながら、若手研究者を育成していくことが重要です。そのために、大学院生からPI(Principal Investigator)という独立した研究者になるまでを一貫して支援する総合パッケージを整えています。「自由闊達な学風」のもとで、若い人たちが日本一活躍しやすい大学にしたいと思っています。また、若手を中心に分野融合・分野連携による研究を促進していきます。教育、研究、社会連携、国際展開を一体的に進め、大学の知を社会へ還元していくことも重視しています。

──研究について、名古屋大学の強みや特色を具体的にお聞かせください。

例えば、名古屋大学のノーベル賞研究には2つの流れがあります。1つは、小林誠先生と故・益川敏英先生による素粒子研究です。CP対称性の破れの研究ですが、これは物質がどのように誕生したのか、あるいは反物質がなぜなくなったのかという、宇宙の根源的な問いに挑む研究です。

また、故・下村脩先生は、GFP(Green Fluorescent Protein:緑色蛍光タンパク質)を発見されました。これは現在、生命科学研究の幅広い分野で利用されていますが、下村先生ご自身は「生物はなぜ光るのか」という根源的な問いに一生をかけて向き合った過程で、この発見に至りました。

つまり、小林先生・益川先生の「物質はなぜ存在するのか」、下村先生の「生物はなぜ光るのか」というような、好奇心に基づく根源的な問いに自由闊達に取り組む研究。これが名古屋大学にとって大切な柱です。

一方で、野依良治先生は、化学によって、人々の生活を豊かにする研究を実現されました。物質には右手型と左手型があり、一方は薬として有効でも、もう一方は毒性を持つことがあります。サリドマイド事件は、その作り分けができなかったことが背景にありました。

野依先生は、不斉合成によってそれを可能にし、化学の力で新しい薬の開発や人々の暮らしの向上に大きく貢献されました。若い頃から「化学を使って人の役に立ちたい」と考えておられ、ナイロンやレーヨンなどの合成繊維が人々の暮らしを豊かにしていくことに感銘を受け、自分もそういう研究をしたいと思ったという逸話があります。

もう1つ、赤﨑勇先生と天野浩先生についても同じです。赤﨑先生は、「青色LEDを作る」という目標を最初から見据えて研究を進められました。当時は赤と緑のLEDはありましたが、青がなければ白色光は実現できません。青色LEDによって社会を変えられると信じ、誰も歩いていない道を一人で切り拓いていかれました。天野先生は、その中で1,500回もの実験に失敗しながら、最後に結晶の作製に成功しました。ここで重要なのは、野依先生も、赤﨑先生も、天野先生も、「社会の役に立ちたい」「社会を豊かにしたい」という強い思いを持って研究をされていたことです。

つまり、名古屋大学には、好奇心に基づいて自由に進める研究と、社会を豊かにし、社会課題の解決を目指す研究という2つの柱があります。この両輪で歩んできたことが、本学の大きな特徴です。

まさに、「世界トップレベルの研究」と「産学融合によるイノベーション創出」という2つの柱は、名古屋大学のノーベル賞研究そのものが象徴していると言えると思います。これからも、日本一若手研究者が活躍しやすく、分野融合、そして社会連携を進める大学を目指していきたいと思います。

ES総合館2階に設けられた「2008ノーベル賞展示室」。物理学賞を受賞した益川敏英先生、小林誠先生、化学賞を受賞した下村脩先生の偉業が紹介されている。

ES総合館2階に設けられた「2008ノーベル賞展示室」。物理学賞を受賞した益川敏英先生、小林誠先生、化学賞を受賞した下村脩先生の偉業が紹介されている。

一貫した若手研究者支援により
知の「開拓者」を育成

──若手の活躍を促す具体的な仕組みはありますか。

例えば、科学技術振興機構(JST)の「創発的研究支援事業」は、本学も大いに活用させてもらっています。これは、若手研究者が独立して研究を進めるための支援制度で、毎年全国で約250人が採択されています。

本学では、年度によって多少異なりますが、現在は全国でも4番目ぐらいの採択数で、創発研究者が96名います。採択された研究者は、年間700万円の研究費を最長7年間受けながら、自らの研究を進めることができます。本学の規模は東京大学の3分の2程度ですが、それにもかかわらず、こうした若手研究者が全国トップクラスの人数で活躍しています。これは名古屋大学として自慢できる点だと思っています。

本学では、博士課程から一貫して若手研究者を支援する体制を整えています。博士後期課程の学生支援では、JST「次世代研究者挑戦的研究プログラム」に採択された「東海国立大学機構メイク・ニュー・スタンダード次世代研究事業」を実施しています。

また、名古屋大学独自の制度として、5年間の任期で若手研究者を雇用する「YLCプログラム(Young Leaders Cultivation)」があります。また、PIとして独立していく若手研究者を支援する「T-GEx(世界的課題を解決する知の『開拓者』育成事業)」も整備しています。

博士課程からPIになるまでを一貫して支援する仕組みを整えてきた結果、博士課程が充実するとともに、若い研究者の間から面白い研究が次々と生まれてきています。

──地域連携や社会との共創については、どのような取り組みがありますか。

社会との連携では、産学融合を通じて大学が持つ研究シーズを社会実装していくことが重要です。例えば、トヨタグループとの共同研究は、過去10年間で約70億円規模に及びます。トヨタ自動車をはじめ、デンソー、豊田中央研究所など、さまざまな企業と大規模な共同研究を進めています。

その中では、自動運転の研究はもちろんですが、最近ではトヨタシステムズとの連携があります。同社との共同研究では、量子アニーリング方式の量子コンピュータを活用し、物流における配送ルートなどの最適化問題に取り組んでいます。

また、自動運転だけではなく、まちづくりそのものに取り組んでいる研究もあります。地域の自治体と連携し、鉄道やバスに加え、バス停から自宅までのラストワンマイルを自動運転で支えることで、人々の暮らしや幸福がどう変わるのかといった、人文学的な視点も取り入れながら研究を進めています。

ほかにも宇宙分野では、富士通と共同で宇宙天気予報の研究を進めています。太陽で大規模な爆発が起きた際、それを事前に予測できれば、例えば月面で活動する宇宙飛行士を守ることにもつながります。大規模な太陽フレアは地球上の送電網や変電所にも大きな影響を及ぼす可能性があります。そうした障害を事前に予測し、防ぐことにもつながります。基礎的な太陽研究が、そのまま社会に役立つ研究へと発展しています。

こうした取り組みは、自動車や宇宙分野だけにとどまりません。半導体、防災・減災、環境・脱炭素、航空宇宙など、さまざまな分野で地域や企業との連携を進め、研究成果を社会へ還元しています。

コモン・ベーシックスを基礎に
教育の国際化にも注力

──教育については、どのような点に力を入れていますか。

学部教育では、「勇気ある知識人」の育成を掲げ、教養教育をシームレスに4年生まで広げていくという考え方を大切にしています。また教育の国際化も進めています。その核となるのが「グローバル30(G30)国際プログラム」です。

このプログラムは、海外で高校教育を受けた学生や帰国子女などを対象とした秋入学のプログラムで、英語で行われる授業だけで学び、卒業できる仕組みになっています。文学部から理学部、工学部まで幅広い分野で実施しており、現在、学部では1学年約50人を受け入れています。最近は応募者が1,000人を超えるなど、人気の高いプログラムです。

また、一部には日本人学生と一緒に学ぶ「共修」の科目も設けています。日本人学生にとっては国際的な視野を広げる機会になりますし、海外で教育を受けた学生にとっても、日本人学生と交流しながら学ぶことに大きな意義があります。「共に学ぶ」という考え方のもと、この取り組みを充実させていきます。

国際化に加えて、1~2年生では、従来の教養教育に加え、この時代に必要な基礎力として「コモン・ベーシックス」の教育に力を入れています。その柱となるのが、データサイエンス、アントレプレナーシップ、そして英語です。データサイエンスは全学部で1~2年生の必修とし、アントレプレナーシップ教育も全学部の1年生の必修科目として実施しています。

英語教育にも力を入れており、入学時には全員がTOEFLを受験します。一定の基準に達しない学生にはオンライン授業を追加で受講してもらい、所定のレベルに達しなければ進級できない「英語(サバイバル)」を実施しています。

データサイエンス、アントレプレナーシップ、英語を「コモン・ベーシックス」と位置付け、この時代を生きていくために欠かせない力として身に付けてもらうことが、現在、名古屋大学が学部1~2年生の教育で特に力を入れている点です。

G30国際プログラムで学ぶ学生たち。定員枠をはるかに超える応募者が集まるなど注目を集める。

G30国際プログラムで学ぶ学生たち。定員枠をはるかに超える応募者が集まるなど注目を集める。

──リカレント教育については、どのような取り組みに力を注いでいますか。

リカレント教育・リスキリングという観点から、大学をもっと社会に活用していただきたいと思っています。社会に出た方が、もう一度大学へ戻って学び直すことができる体制を、しっかり整えていきます。これは、名古屋大学のNextビジョン2027でも重点項目の1つとして位置づけています。

現在は、データサイエンス分野で大きなプログラムを実施しています。毎年何十人もの企業の方に受講していただいており、データサイエンスの学修成果を示すデジタルバッジを取得できるプログラムです。

企業向けに半期程度かけて学ぶプログラムですが、一部は学生も受講できるようになっていて、社会人と学生が一緒に学ぶ形で実施しています。これはニーズが高く、ほかにもいくつかリスキリングのプログラムはありますが、現在最も代表的な取り組みだと思っています。

今後は、この分野がますます重要になりますが、リスキリングを「教育」と位置づけるのか、それとも「社会連携」と位置づけるのかという課題もあります。位置づけによって担当部署なども変わってきますので、そのあたりをうまく統合しながら、大学をより社会に開かれた学びの場にしていきたいと考えています。

世界各地に広がる知の拠点
社会とともに成長する大学へ

──今後力を入れたい取り組みや挑戦したいプロジェクト、目標やビジョンをお聞かせください。

教育という点では、社会との壁をなくし、企業と一緒に博士人材を育成していきたいと考えています。また、博士課程を強化するとともに、大学院の専攻の縦割りを見直し、分野の壁を越えた教育・研究を進めていきたいと思っています。修士課程と博士課程を分けるのではなく、5年間で博士号を取得できるPh.D.コースも充実させ、挑戦的な博士人材を育成していく予定です。

もう1つは国際化です。G30が大学の内側に国際的な環境を取り入れる取り組みである一方、教育面では海外で学ぶ機会も積極的に拡充しています。例えば農学部ではタイの大学との実習、情報学部ではシンガポールでの研修を実施しているほか、ノースカロライナ州立大学への「留学アカデミー」など、短期・中期の海外プログラムも年々充実しています。

また、ケンブリッジ大学セント・ジョンズ・カレッジとの学生交流では、相互に学生を派遣・受け入れ、現地の大学文化や日本文化を体験しながら、学生同士のネットワークを深めています。こうした国際交流は、今後さらに充実させていきたいと考えています。

また、海外の有力大学とは戦略的パートナーシップを結び、「グローバルキャンパス」として現地に拠点を設けています。学生の留学や教員の共同研究、双方の学生・教員の受け入れをきめ細かく支援することで、これまで以上に密接な連携を進めていきます。

こうした国際化を進めながら、本学がこれまで大切にしてきた好奇心に基づく基礎研究と、社会課題の解決につながる研究の双方を発展させていきたいと思っています。その基盤となる世界トップレベルの研究力を磨きながら、AIの活用や産学融合、スタートアップ創出にも積極的に取り組み、世界に貢献し、社会とともに成長する大学を目指していきます。

ケンブリッジ大学セント・ジョンズ・カレッジとの交流で、学生同士のネットワークを深める。

 ケンブリッジ大学セント・ジョンズ・カレッジとの交流で、学生同士のネットワークを深める。