京都大学総長が語る 国際卓越研究大学として「独創的な研究」を追求
今年7月、国際卓越研究大学に認定された京都大学。「自由の学風」を礎に、独創的な研究と新たな知の創造を追求するとともに、人材育成や大学院改革、社会との共創を進めている。新たな地平を拓いた湊長博総長に、研究大学として目指す姿や大学改革の方向性、今後の展望を聞いた。
伝統と進取の気風を融合し
京都らしさを活かした知の拠点
湊 長博
京都大学総長
1951年生。富山県出身。医学博士(京都大学)。専門は医学・免疫学。京都大学医学部教授、同医学研究科長・医学部長、同理事・副学長、プロボストを歴任、2020年10月より現職。免疫生物学の多彩な基礎研究を展開、2018年ノーベル生理学・医学賞受賞者本庶佑教授の共同研究者としてがん免疫療法の開発に貢献。
──京都大学が大切にしている価値観や理念、目指すビジョンについてお聞かせください。
本学は国際卓越研究大学として3つのビジョンを掲げています。1つ目は、自由で独創的な研究によって新たな知を生み出すことです。加えて、その研究成果を社会の多元的な課題解決やイノベーションにつなげ、社会を変えていくことを目指しています。
2つ目は、グローバルに活躍できる高度人材を育てることです。アカデミアに限らず、さまざまな分野で社会を牽引できるリーダーを養成したいと考えています。さらに3つ目として、京都大学を世界中から多様な人材が集まる国際的な知の拠点にすることです。互いに密接に関係するこれら3つを、本学が目指す将来像の柱として据えています。
中でも非常に重要なのは、京都という比較的小さくコンパクトな街に立地しているということです。約130年にわたって、この京都ならではの風土の中で活動を続けてきたことが大きな背景になっています。もしこれが別の都市だったら、今のような大学にはなっていなかったかもしれません。
歴史的に見ると、後の東京大学となる東京帝国大学は、日本の近代化を担う官僚を育成することを主な目的として設立されました。その後西欧の学術文化が導入されるにしたがって、我が国でも独自に学術研究や高等教育を発展させるべきであるという機運が高まり、その結果、今の京都大学の前身となる京都帝国大学が、政治や経済の中心から一定の距離を置いた京都の地に設置されたわけです。加えて、京都が歴史や文化の積み重ねられてきた土地であることも大きな意味を持っています。
また、京都と言えば「伝統」という言葉を思い浮かべる方も多いと思いますが、実は進取の気風も併せ持つ土地です。新しい会社をつくることが非常に盛んで、今でいうベンチャー企業が多く生まれた地域でもあります。堀場製作所、島津製作所や村田機械などをはじめ、さまざまな企業が京都で創業し、今も本社を京都に構えて、素晴らしい実績を積んでおられます。ここでは代々受け継がれる産業や西陣に代表されるものづくりの伝統と、新しいものを生み出すイノベーションの文化が常に共存してきました。そうした環境の中に研究大学があることが非常に重要だと考えています。
新たな「デパートメント制」で
組織の枠を超えた研究環境を
──創造性あふれる高度人材の育成に向けて、どのような教育活動に力を入れていますか。
学部と大学院は、これまで一緒に語られることが多かったのですが、実際には随分性格が違います。学部について言えば、今特に求められているのは、いわゆる全人教育だと考えています。一時期は、とにかく技術的・専門的な領域をできるだけ早い段階から学ばせる傾向がありました。しかし今、学部に求められているのは、それよりもむしろ、価値観の多様性を受け入れられるような、インクルーシブな人材を育てることではないでしょうか。
留学生を積極的に受け入れることで国際的な環境をつくる(提供: 京都大学)
そのために必要な要素の1つは、やはり国際的な環境です。もちろん日本人学生が海外へ出ることも大切ですが、経済的な事情などさまざまな要因があり、誰もが頻繁に海外へ行けるわけではありません。だからこそ、キャンパスの中にいかに国際的な環境をつくれるかが今、我々にとって最も大きな課題です。
そういう意味では、もう一度「カレッジ」の考え方に立ち返るべきだと思っています。アメリカの大規模大学も基本はカレッジです。細かな専門技術は、その後の修士課程や博士課程で十分学ぶことができます。例えば、1年間海外へ留学してもいいし、あるいは自分のやりたい研究に自由に挑戦してもいい。そういう機会をいっそう創出していきたいと考えています。
──大学院改革の柱である「デパートメント制」についてお聞かせください。
本学は日本を代表する研究大学として大きな成果を上げてきましたが、その基盤は、各教授を中心とする「小講座」を基本単位とした研究体制にありました。しかし、それを見直し、研究領域ごとに組織を再編する「デパートメント制」の導入を核とした研究組織の改革を進めようとしています。ベテランの教授陣は必要に応じて助言を行いながらも、若手教員や研究者が、より独立した立場でデパートメントの一員として自由に活動できる研究環境をつくりたいと考えています。
これまでは教育組織の枠組みの中で研究を進めてきました。例えば、工学部・大学院工学研究科、理学部・大学院理学研究科というように、大学院も教育組織を基盤として構成され、その枠組みで研究が進められてきました。しかし、今はそういう時代ではありません。極端に言えば、工学研究科で行う化学と理学研究科で行う化学の研究を分ける必然性はそれほどありません。研究は教育組織という枠組みを越え、研究領域ごとに進める方が理にかなっています。
そうすることで、研究領域ごとの研究力強化の構想が立案しやすくなり、大学全体としても、どこに強みや課題があるのかを把握しやすくなり、人材や施設などの資源をどこへ投入すべきかも判断しやすくなります。研究領域ごとに組織をつくれば、それぞれに最適な支援ができます。人文学と生物学では研究に必要な支援内容はまったく違いますから、教育組織単位で資源を配分するより合理的です。研究領域ごとに動くことで研究そのものがさらに発展し、大学全体としての重点研究戦略も立てやすくなります。それが、この改革の根本的な考え方です。
吉田キャンパス正門から見た百周年時計台記念館(提供:京都大学)
産学の人材が自由に往還し
研究成果を社会に実装する
──現在、京都大学の具体的な研究の強みはどこにありますか。
例えば、再生医療分野ではiPS細胞を中心とした再生医学が強いですし、量子科学分野でも最先端を走っています。何より、伝統的に化学は非常に強い分野です。こうした強みを引き続き伸ばす一方、未開領域を開拓していく必要もあります。現時点ではまだ課題も多く、輪郭もはっきりしないものの、次世代の重点分野として発展するポテンシャルがあるとして期待されるような研究フロンティアを切り拓いていきたいと考えています。
もう1つ重視しているのは、研究が社会のニーズをどれだけ反映できるかという点です。国立大学は、先端的な研究成果を社会へ発信し、複雑で多様化する課題の解決に寄与する責務があります。
例えば、蓄電池の研究を長年続けているのも、グリーンエネルギー(再生可能エネルギー)の安定供給を実現するという社会的なニーズに応えるためです。また、気候変動に伴う災害への対応などについても、最先端の研究で実践的な対策を講じていくことが重要です。単に論文数を増やすために、強い分野だけに研究資源を集中させようという考え方ではありません。
iPS細胞研究棟内4 階のオープンラボの様子(提供:京都大学iPS細胞研究所)
──研究成果を社会へつなげるために、どのような取り組みを進めていますか。
産学連携はもちろん不可欠な枠組みです。ただ、いたずらに産学の溝を埋めようとするよりも、大学が自由な立場で直接社会へ手を伸ばす方が、むしろ早い場合もあります。大学発スタートアップは、まさにその一例です。もちろん失敗することもあるでしょうが、とにかく挑戦してみる。そういう自由があってもいいと思っています。
一方で、研究者はあくまで研究者ですから、事業をマネジメントすることが得意とは限りません。そこを無理に担おうとすると、しばしば問題も起こります。そのため本学では、そうした事業を現場でマネジメントできる人材をできるだけ多く育てたいと考えています。それによって、大学が直接社会へ価値を届け、その成果が再び研究や教育へ還元されるような循環をつくることも重要だと考えています。
逆に言えば、企業の人材が大学にどんどん入ってきて、その役割を担っていただくこともありえると思います。そういう意味では、「共創」というより、多様な人材が自由に入り交じるようなイメージを持っています。
──リカレント教育については、どのような取り組みに力を注いでいますか。
これまでのリカレント教育は、既存の大学院コースを利用し、社会人でも2年間で修了できるようにするという発想でつくられていました。しかし、企業の方々のお話を伺っていると、本当のニーズは必ずしもそこにはありません。
そこで今、本学が進めているのは、基本的にはオンデマンド型のプログラムです。まず企業の方に大学のアカデミックな現場へ来ていただき、「何が必要なのか」「将来それをどう展開していきたいのか」といったことを丁寧に伺います。その上で、「あなたに最も適しているのは、この研究科のこの研究室です」といった形で、一人ひとりのバックグラウンドや専門分野に応じたテーラーメイド型のカリキュラムを提案しています。
時間はかかりますが、非常に評判がよく、受け入れ希望に十分対応しきれていない状況です。今後は体制もいっそう充実させていかなければならないと考えています。
街と大学が一体となり
京都を学術・国際都市へ
──総長就任以来の約6年間を振り返って、特に印象に残っている取り組みや成果についてお聞かせください。
やはり一番大きかったのは、今回の国際卓越研究大学に向けた土台づくりです。実はデパートメント制のような構想は以前から学内で議論していました。しかし、新しいことを始めようとすると、どうしても財源の問題もあり、何かを犠牲にしなければならないという難しさがありました。
国際卓越研究大学の認定を目指す中で、どう進めるべきかについてはさまざまな議論がありましたが、部局の枠を超えて一体となって取り組む動きが生まれました。私にとっては、それまでになかった非常に良い機会だったと思っています。
その実装については次の総長に託すことになりますが、この改革が京都大学の新たな基盤になっていくことを期待しています。
──最後に、京都大学がこれから世界に向けて発信していきたい価値や、将来像についてお聞かせください。
今後重要になるのは、数値目標の捉え方ではないかと思っています。例えば、大学ランキングや論文数などのKPIは大事な指標ではあります。しかし、それだけでは大学全体を均一的な数値で評価することになってしまいます。実は海外の大学では、画一的な数値目標はさほど重視されていません。
ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)のマイケル・スペンス学長は「大学のエクセレンスとはレピュテーションのことだ」と仰います。分かりやすく言えば、大学ブランドの評価です。大学がどのような理念を持ち、その理念が社会にどれだけ認められているかが重要だということです。
その実績を示す指標として、本学であれば例えば「京都大学ゆかりのノーベル賞受賞者を13人も輩出しています」と強調しているわけです。もちろん、受賞者一人ひとりの業績が素晴らしいわけですが、同様に重要なのは、まさに本学からノーベル賞に匹敵する大きな学術的アウトカムが数多く生まれてきたという事実です。確たる理念に基づき、このように世界に誇る知的資産を創出してきたことを、我々はもっと積極的に発信し、だからこそ本学をよりいっそう支援していただけるよう努めなければならないと思います。
繰り返しになりますが、世界へアピールする上でも、歴史的都市・京都の地にある大学だということは本学にとって極めて大きな強みです。特にヨーロッパでは、「京都にある大学」というだけで通じるほどです。よく、世界の良い都市には必ず良い大学がある、と言われます。代表例がドイツのハイデルベルクです。ドイツ最古の大学であるハイデルベルク大学は、キャンパスと公共施設、店舗、工場などが入り交じり、まさに街と大学が自然に溶け込んでいます。
そうした環境は京都にも共通しています。コンパクトな街の中に、京都に根ざした世界的な先端企業群や伝統産業、人々の生活、文化があり、同時に、本学ならば吉田、桂、宇治という3つのキャンパスがその中に点在しています。さらに京都市とも連携しながら、新たな施設の整備も進めようとしています。そうすることで、街と大学の活動がますます一体となり、世界中から優秀な若い人材が集まる学術・国際都市を目指したいと考えています。